
寒川町〜芦ノ湖往復編
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2月13日スカウトハウスPM5時、私たちはスカウトハウス内で自転車の整備や、スポーツドリンク、ほっかいろの買い出しなど次の日の準備などしていた。しかし早くもアクシデントが私たちを襲った。iくんのチェーンがたるんでいたので直そうとしたmくんがチェーンを切ったはいいがつながらなくなってしまった。どうやらmは自分のマウンテンバイクでモノを語っていたらしく、あいにくiの自転車はふつうの、"一般乗用車"だった。(追記 "RV車"-m君、n君 "スーパーカー"-s君)
2時間後何とか直ったが出だしから何かを予感させる出来事だった。その後AM0時眠りにつく。
2月14日、今日はバレンタイン。チョコがほしい・・・
目覚まし時計が鳴ったのはAM4時20分なんて早い!と眠気をとりながら全員起きた。寒い!起きる気はしなかったが・・早速準備にかかる。着替えて自転車の最終点検、修理道具を車に積んでいざ出発したのはAM5時、予定どうりだった。
出だし好調!国道一号線にでる。休みをとらずに走りAM7時頃小田原市内に入る。お腹が減ったのでファミリーレストランで1時間休憩(朝食)をとった。休憩をとり終わり再出発、芦ノ湖へ向かった。箱根湯元までは坂もそれほどでもなく楽々行けたがここからが厳しかった。最大の難所箱根の上り坂である。坂の初めからダウン寸前の様子・・こまめに休憩をとり小涌園前まできた。
小涌園前を過ぎて坂を上り続けると私達の予感が適中した。霧が私達を襲い視界をさえぎった。その後間もなく私達を最大の敵"強風"が私達の行手を阻んだ。自転車をこいでも坂は登れない、下りはこがないと下っていかない、最悪の状況だった。(s君、n君グループ)
もう1つのグループ、m君、i君グループもやはり苦戦していた。毎日mは20km、iは毎日10kmも走っているのに、取り残され、孤立して、絶望の中(それどころじゃなかったけど)、坂を上っていた。それぞれの生死を確かめるために、何となく、「俺のカンなら、この霧なら飛行機は飛び出せない(Flight Simuloter経験者)」だとか、「2号艦、生き残っているか?」「通信、途絶えました!」(何かのオタク)とか、大声でしゃべりながら視界20〜10mの中を手探りで突き進んだ。途中クラクションをならしてくれた自動車の運転手様、御迷惑をおかけしました。
何とか芦ノ湖まで下って箱根神社についた。予定より1時間早い到着である。参拝して、近くのレストランで昼食。iは行き道でとうふ屋を見たらしく、箱根の揚げだし豆腐を食べないと気が済まない気持ちだったが、メニューに一品料理はなかったのであきらめた。(まだ気が済まない)
まだ霧は晴れない。予定を1時間繰り上げてスタートする。旧東海道に進入したつもりが、なぜか箱根ターンパイクを登ってしまった。40分後S&Nグループが気が付いて引き返してきた。40分かけて登ったのに、おりるのは10分だった。そう言えば"箱根ターンパイク"の表示はあったし、それは自動車専用道路であった。
戻ってきて電話で報告。旧東海道の方向を確かめてちょうど予定どうりの再スタートである。茶屋はあったが高いので中止、下って下って箱根湯本からもときた道を戻る。霧ははれていた。ホームページ創刊号に続いて(?)、山の天気は変わりやすいという事を身を持って"調査"してしまった。
場所 湯本駅前
行きはまだ暗い夜道(朝道?)、帰りはうすぐらい夕焼け道(まだ早い)を相模湾にそって走る。涼しい風は今となってはないに等しい存在である。そういえば、歩道は寒川町のほうが整備されてました。はしりにくいよぅ。
産業道路をひたすら走る。サポート隊の隊長は車で往復しているが(止まれないから)、だれひとりそれにきずくものはいない。追いかけてきてくれているのに、自転車隊は車の入れない細道に入り込んでしまった。隊長、寂しかったでしょう。失礼しました。
入り口は入り口にあらず、スタートでありゴールである寒川一団スカウトハウスに帰ってきた。10分休んで片付けをしようとしたのに、nは片付けを始めてしまう。手伝わないわけにはいかない。ちっとは気を使ってくれぃ。
予定通りの5時到着。報告書用のメモをとって、解散。一週間後、報告書を作成する事にする。
走行距離 全行程98km
所要時間 休憩を含め12時間
☆報告書作成日裏話☆
m:「暗い話になってきたな、明るい話をしようや。」
n:「明るい話とはなに?」
m:とたんに歌いだす。「♪パルックボール♪」(電球CMソング)
全員ばかうけ
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