Silent Poison

§プロローグ

一片の雲もなく、青空は澄み渡っていた。

どこまでも続く若草色の芝生。足元はすっきりと細く伸び、てっぺんにだけ地面と同じ若草色の葉をまるくかぶる木立が連なる。木々の間からこぼれる日の光が、まるで絵に描いたように森を神秘的な風景に見せている。ここは、水の都ハイネ都市からそう遠くない森の中だ。

足元を見れば、芝の上に人の耳ほどの大きさの花が背伸びしている。外側は白く、中央が薄くオレンジ色をした円形の花弁。不揃いな間隔をあけて咲くサイリスと呼ばれるその花は、緑一色に見える視界に白色を置くことで適度なアクセントとなっており、花と森の両方を引き立たせている。

この広大な森の中をひとつの小さな影が移動していることに気づいた者は、いなかった。その影は今、ひとりのナイトをかなり遠巻きに追いかけている。後ろから襲いかかるような殺気は感じられない。まるで何かを待っているような様子だ。

「せえいっ!」

「ギィイイィィィィィッ…!」

見通しの良い森の中を、隅々まで、歯を噛み締めたような断末魔が駆け抜けていく。巨大化したクモのモンスター、ジャイアントスパイダーに独特の高い声だ。

ハイネの森はアデン王国内でも屈指の美しさを誇っている。しかし、この森はモンスターの数も屈指の多さであり、観光客などは寄り付くはずもなかった。代わりにこの森にいるのは、一獲千金の夢を求めるトレジャーハンターたちで、この女ナイトも、そんなハンターの一人なのだろう。

いまや世界のすべてに染み入っていると言われる死の女神シーレンの邪念が、モンスターを生み出し、それをハンターが狩ることで世界の均衡を保つ。それは神話の時代から続く、いまやこの世界にとって当然の光景となっていた。

戦闘の邪魔になるからと投げ捨てた荷物を拾いあげ、先ほど倒した蜘蛛の死体に歩み寄る。息絶えて横たわる巨体を前に、彼女は右手のグレートソードを軽々と振りおろし、死体の左前足から大きな爪をちぎり落とした。荷物の中から大きな防水袋を出して口を開け、その爪を入れて袋を閉め、袋ごと上下にゆすって中の保存液をじゃぶじゃぶと爪にまぶす。袋の様子をみると、すでに5〜6個の爪が入っているようだった。

ジャイアントスパイダー1匹、43アデナ。それが今日のレートだ。この爪を町まで持って行けば、国防費から褒賞金が支払われる。彼らはそうやって生計を立てていた。たまに、モンスターが商隊を襲って奪ったと思われる金品を持っている場合があり、レアと呼ばれるそれを手に入れるのが、トレジャーハンターたちの生業だ。もっとも、襲われた商隊のことを考えれば、合法とは言え良い気分のものではないが。

蜘蛛を倒した女ナイトは、荷物から小さな丸い瓶に入った体力回復用の赤い水薬を取り出し、一気飲みした。どうやら、まだトレジャーを続ける様子だ。荷物をまとめて足早に次の獲物を探して立ち去った。それからややおいて、蜘蛛の死体に歩み寄る小さな影。影の狙いは最初からこれだった。

蜘蛛の死体はしばらくすると、まるでシーレンから「お前はもう用済みだ」とでも言われたかのように、あるタイミングで突然全身が黒い霧となり、蒸発するように立ちのぼって消えていった。

「ククク… あった、あったぞ。人間よ、よく働いてくれた…。
もう少し、もう少しだ…。もうすぐ、終わり、そして始まるんだ…。
『シーレン様の落とし物』…。ククク…。」

消えた蜘蛛の死体の下から、お目当ての物を見つけた影は、そそくさとそれを拾って、また森へと消えていった。

サイリスの花は、いつもと変わりなく美しかった。

一片の雲もなく、青空は澄み渡っていた。

だから、この時このあと嵐が訪れることは、誰も思いもしなかった。

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