Silent Poison

§次の日の朝

「alerting(警戒情報)、knighthood(通報されたし)、ハイネ都市にモンスター襲撃。首謀者不明。

今月11日、ハイネ都市が襲われた事件について、ハイネ当局は周辺の捜索と聞き込みを行ったが、新たな成果は何も得られなかったと発表した。犯人は容姿すら分からず、目的も一切不明のこの事件は、発生から7日経った今も怪事件の域を脱していない。ハイネ当局は、この事件の首謀者に賞金をかけることをアデン王国担当者と交渉中であるとした。

なんだ?こりゃ。」

宿屋一階の南玄関付近に貼られている一枚の壁新聞に、チリムは首をかしげた。トレジャーハンターたる彼女の朝の日課だ。賞金首を捕まえたら一獲千金。それは、他の多くの宿屋の客も似たようなものだ。

「ふぁぁぁ〜ぁ〜。モンスターひっぱって町まで逃げ込んだ奴がいるんじゃねーのかぁ?」

あくびをかみ殺しながらフォルが階段を降りてくる。たしかに、町には傭兵隊や王立騎士団がいるから、命からがら町まで逃げ込むトレジャーハンターも少なからずいる。町を危険にさらす気か!と、こっぴどく怒られるが、アデン王国軍も郊外のモンスター退治には冒険者の協力を仰いでいるだけに、やむを得なければ逃げ込むことも許されている。

「いや…、モンスターは数百匹も突入してきた、と書いてある。」

「そりゃまた豪快に逃げ込んだもんだなァ。逃げ込んだ奴はバレたらフローティングアイ並の大目玉だな。ファア〜ァ。」

「(; ̄A ̄)………。」

フォルは眠気で頭が回っていないのか。”フローティングアイ”は確かに大きな目玉のモンスターだが、それと大目玉をかけるとは、あまりにも安直すぎる。フォルはそのまま宿屋のカウンターまで歩き、さかさに置いてあるコップを二つ取り、隣に置いてある樽のコルクの栓を少し抜いて水をコップに満たす。

「ほいよ。あーどっこらしょっ。」

「ん。ありがと。」

そのまま壁新聞に一番近い丸テーブルまで持って行ってコップをひとつ渡し、椅子に腰掛けてほお杖をつきながら、自分も壁新聞を読む。これもまた毎朝の光景だ。

「発生が今月11日だから、私達がハイネを出発した次の日か。」

「そーいうことになるな。防衛、参加したかったぜ。」

「ちょっとそうだねえ。」

「案外、この村にも来たりしてな。」

「犯人不明、目的不明で、わざわざ隣町で同じことしないんじゃないの?」

二人はナイトである以上、ある種の戦闘好きだ。危険に真っ先に飛び込みたがる性格は、二人の共通点でもある。そんなに大量にモンスターがいたなら、後先考えずに飛び込んでしまうだろう。

そこへちょうど、ぞろぞろと全員が起きて階段を降りてきた。なかには全体の大きさが7割くらいに縮んでいるチルムの姿もある。目が覚めて昨晩の話を聞かされ、しゅーんと小さくなっているのだろう。分かりやすい性格だ。全員が座れる適当な空席を見つけてロッソが席についたので、チリムたちもその席に移動した。

「おはようございま〜す♪昨晩は何か大変なことがあったんですってねえ〜。
今日もちゃーんと食べてトレジャーしてくださいね〜♪」

遅番で寝ている宿屋のマスターに代わり、早番でカウンターに立っているミランダが頼んでおいた朝食を運んで来てくれた。悪気のないその言葉にチルムの座高がさらに小さくなり、エルフ特有の鋭く長い耳がウサギのように垂れていくのが分かる。

「さて。」

四角いテーブルを3つつなげた大人数用の席に全員が座るのを見計らって、今日も誕生日席に陣取ったロッソが音頭を取る。

「今日もこうして、椿座(つばきざ)の皆様と、我が敏捷の馬団の計15人がここに無事座れたことに対して、女神アインハザードに、そしてまた、常日頃より協力し、助け合いながら冒険を続ける仲間たちに互いに、感謝しよう。昨日の午後、ハイネ都市から8日かけての徒歩の長旅でここに到着したばかりだ。何もなければ今日1日休暇とするから、全員ゆっくり骨休めしてくれ。ナイトの諸君は、…まあ言うまでもないか。ゲラド様に挨拶を忘れずにな。それじゃ、いただきます!」

「いただきます!」

「いただきま〜す♪」

ハイネ都市からの旅は森を抜ける旅。ひさしぶりの「脱・野営」を祝って少し長めの朝のセレモニーも、もう慣れたものだ。昨晩のこともあって、皆が朝食にがっついた。

ここシルバーナイトの村は、一人前のナイトをアデン王国から隠して育てるために、ゲラドが開発した村だ。アデン王国を反王ケン・ラウヘルの魔の手から奪還した後、ここは事実上「秘密の村」ではなくなったが、ナイトを志す者が多くここを訪れるのは相変わらずだ。

この村なら、あらゆる労働力を修業中のナイトで賄える。木造建築のやや古びた宿舎や、四角い広場を丸く草むしりする乱雑さを除けば、ここは何かと面白い村だった。

日が暮れるころには修業の終わった門下生が汗まみれ泥まみれになってドヤドヤと帰ってくるから、ここの共同浴場は特別仕様だ。浴場で使う水は門下生自身が昼のうちに深い井戸から延々と汲み出して大樽に運び、門下生自身が足踏み式ふいごでごうごうと空気を送って熱い風呂をかけ流しにしている。水は重いし、ふいごは大きいから、彼らの修行に良いだろうと伝統になっているのだ。

商業の中心地ギラン都市に行けば、キメラの口から湯が流れ出る大理石の風呂もあるだろうが、水汲み労働力の問題があるから無闇なかけ流しはできない。この村はこんな調子だから、旅の冒険者の間でも一度は行きたい風呂としてピックアップされる。

この村出身のフォルと、「まじめスイッチ」ON時とOFF時の性格の差が激しい男ダークエルフ=ドゥール・ヌーセン、通称ドゥール=が今まさにがっついている特大固焼きコッペパンも、そんな名物のひとつだ。修行用のカカシにパン生地をくくりつけ、不細工顔のモンスターの似顔絵をかぶせてパンチとキックの連打を浴びせてあるから、コシの強さはいわく付き、もとい、折り紙付きだ。他に、「きつねうどん」も同じ理由で名物になっている。

「こら。」

尋常ではない速度で特大パンを3つ平らげ、4つめに同時に手を出したフォルとドゥールに、二人の正面に座っているチリムが茶々をいれる。

「そんなにがっついて食べてると、後ろの誰かさんみたいにお腹ぼよんぼよん体型になるぞ?」

「んあ?いいじゃねぇか。せっかく数カ月ぶりの我が故郷で名物パン食ってんだから。」

制止を無視して4つめのパンをほお張りながら、二人が後ろを振り返る。そこにはたしかに、巨大な白いお腹がぼよんぼよんしている。かなり見事な食べ過ぎだ。

「ああ〜。たしかにありゃあ笑えねぇかもな。カカカッ」

白いお腹に聞こえないように小声で笑うフォル。なんだかんだ言って自分も3つめに手を伸ばすチリム。そして一人だけ、後ろを振り向いたまま微動だにしないドゥール。そして、悪夢は前触れなく突然訪れた。いや、前触れはあったが、ドゥール以外に誰も気づかなかっただけだが。

ドカーーーン!

突然、宿屋の木の壁が轟音を立てて吹き飛んだ。そこから、先程とは別の白いお腹が突入してくる。両手を下から上に持ち上げながら走り迫り、正面にあったロッソの体と四角いテーブルをおもっきり頭上に弾き飛ばした。外国の噂で聞いたことがある。これが伝説の大技「巨人の星のテーブル返し」なのだろうか?

「うぉーーーーーっ!?」

テーブルのお誕生日席で背後からタックルを食らったロッソは、斜め上空の宿屋の1階の天井を突き抜け、2階の客室へ飛んで行った。

「んぶっ!?」

反対側のお誕生日席に座っていたマイは、まるでお笑い芸人のように、テーブルにおいてあったミネストローネの大皿を顔面でキャッチした。

「ああーーーーっ!最後に食べようと思ってたのにーーーー!」

くるくると華麗に宙を舞うパンを目で追いかけ、両手で頭をかかえる女ウィザード=ユイ・スライラー、通称ユイ=が絶叫した。

机は3つともこなごなだ。皿も料理も微塵もない。机の両隣に座っていた13人は吹き飛ばされこそしなかったが、夕飯がおやつ程度で床に就き、待ち侘びて食べていた朝食がこれでは怒りも込み上げてくるというものだ。

「てめえ!なにやってやがるコラァ!!」

ボゥン!

言うが早いか、フォルが早速そいつの腹に一発見舞ってやった。

ギョロリ。

「って、うぉっ!!!」

驚くべきことに、ぼよんぼよんのお腹が緩衝材となって、ダメージをまったく受けていない。それに、この白いお腹、赤いふんどし、よく見たらこいつ、バグベアーだ!巨体を揺らして接近し、豪快なタックルとジャンプアタックで攻めてくる、アデン王国ではポピュラーなモンスター。だがしかし、なぜそれがこんな宿屋に?

「え、え、えーと…。その節はお腹がすこやかにどうも…。」

さすがに一歩、後ずさる。いくら屈強なナイトでも、武器なし防具なしでバグベアー2体と一戦交えようとは無理があり過ぎる。

「ぐもぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「うぉっ!ちょ!待てって!うぉーーー!?」

げしっ、バーン!

雄叫びを上げてドスドスと追いかけてくるバグベアーから逃げるため、フォルが宿屋の南玄関の扉を蹴り開けて外へ逃げていった。

どかっ、バーン!バーン!

南玄関の小ささと体の大きさを全く考慮せず、バグベアー2体が扉を壁ごと吹き飛ばして追いかけて行った。

宿屋に残された全員は、あっけにとられてポカーンと口を開けている。しかし、最初に壊された壁の穴の向こうに目をやると、大量のモンスターが森の木立の間から現れ、村の中に突入してくるのが見えた。

《alerting(警戒情報)、knighthood(通報されたし)、ハイネ都市にモンスター襲撃。首謀者不明。》

チリムが気が付いた。さっきの壁新聞だ!ハイネ都市に大量のモンスターが突入した事件が、隣町のここでも起こったのだ。

「おい!全員戦闘態勢だ!モンスターがたくさんこの村に突入してくるぞ!急げ!!」

ようやく何となく事態が飲み込めてきた全員は、瞬時に顔を引き締めて宿屋の階段を上っていき、武器と防具の装備にかかった。他の宿泊客もあわてて階段を駆け登る。

ずるり。

マイ姫の顔に張り付いていた大皿が、座っている自分のひざの上に落ちた。幸い、みんな階段を上った後だったので、誰にもそのトマトと豆にまみれた顔を見られなくて済んだ。彼女はモンスターのことは無視して、宿屋の裏で一人いじけてみようかと少し思った。

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