Silent Poison

§グルーディン村 南の森

カサカサ…

ガサガサ…

その音が、森を埋め尽くしている。

カサカサ…

ガサガサ…

ハイネのそれよりさらに原生林に近い、手付かずの古い森。地面を完全に覆い隠すほど生い茂る下草は腰の高さほどにまで伸び、風に揺られてカサカサと無機質な音を森に響かせる。

数多の下草に養分を吸い取られて土地は痩せ、木々はその威力に押されてまばらにしか育たない。葉の色は濃く、幹は黒ずみ、空は広く明るいのに森の印象は異様なほど暗い。

道無き道、とも言えないだろう。その森には、道は言わずがもな、もはや文明の気配が無い。雨が特別多いわけでもないこの森は乾いて瑞々しさが無く、濃緑と焦げ茶が延々と繰り返されるその景色は方向感覚さえも無くしてしまう。

深紅や純白に輝く花々の美しさも、やはり、無い。

ガサガサ…

ガサ…

あえて、そこに何かが有るとするなら、それは――

「おい」

「ああ…」

しばしの沈黙と、

「ウォォォォゥッ!!」

「出やがったな、バレバレだ!せぃっ!」

ザシュウッ

「ヴォァァァ…ッ…」

狩る者、狩られる者の関係だ。

「…ったく、相変わらずの迷いの森だぜ。何度来ても、自分がどこにいるのかさっぱりわからん」

森を歩く男が愚痴をこぼす。全身を銀色の金属に群青色の装飾が施された鎧で覆い、右手には同じカラーリングのツルギ、左手もやはり同じ装飾が為されたエルヴンシールドを持つ彼は、ナイト、名をフォルグロスと言う。

「まあね。でも、この荒れ放題の自然さ加減がアタシは好きだけどな?飾り立てられたみたいなハイネの森より、謎めいてる」

フォルの愚痴に女が応じる。フォルとは対照的に防具らしいものは手足・胸・腰を覆うほどしかなく、盾なし・ヘソ出し・生足と来ている。その眼差しは鋭く、手には肉厚で異形の両手剣ファルシオンを持ち、まるで荒っぽい野獣を思わせるその姿は見る者に恐怖すら抱かせる。「攻撃は最大の防御」を地で行くのは、女ナイト、チリムだ。

「へっ、お前が『謎めいてる』なんて知的なことを言うようじゃ世も末だぜ」

清楚な騎士のフォルと、荒くれハンターのチリム。人々の目にはそう映るだろう。だが2人にとってはいつもの光景だ。座長のマイに「デコボココンビ」と揶揄されたのも、もはや思い出話だ。

「って、おいチリム!そんなに先に進むなって!」

フォルが10歩ほど前を歩くチリムに声を荒げる。

「いくら普段強いモンスターがいないからって、どこに何が隠れてるか解ったもんじゃないんだからな!」

聞いているのかいないのか、チリムは返事はせずに歩く早さを少しゆっくりにした。

「ったく、てめぇは昔っから先へ先へと向こう見ずで歩きやがる」

「いいじゃないか。相手が出てくるのを待つより、こっちが出ていってやったほうが手っ取り早いってもんだ。それに、この張り詰めた”緊張感”が、やめられないんだなぁ」

「てめえw 緊張するって解ってんなら、少しは謹めってんだw」

乱暴な会話だが2人の口元は笑いを浮かべる。皮肉を皮肉で返す言葉の応酬は、「腐れ縁のケンカ仲」を公認するほど長年の付き合いだからできることだ。

チリムが先行し、フォルが止める。それでも最終的には2人とも戦闘好きの危険好き、同じ穴のムジナだ。チリムは不意に立ち止まって後ろに向き直し、フォルに対して主張する。

「だってしょうがないさ。アタシは殴られる前に、まず殴らなきゃ気が済まない性分だからね。それに、ナイトたる者、常にそういうもんじゃないか?」

「まあな。まったくだ。ナイトってのは――」

ガサッ

フォルが異変に気づくのに、そう時間はかからなかった。フォルの位置から5歩先にいるチリム、彼女の右後ろ1歩のところにある背の高い薮が、不意に大きく揺れる。

「! チリッ、うしろっ!」

「!!」

「キィィィィィッ!」

ガキィン!

一瞬のスキを付き、二足歩行のネズミにトライデントを持たせたモンスター”ラットマン”が現れ、背後からチリムを襲う。

「…キィッ!」

ラットマンの攻撃は、しかし、期待どおりでは無かった。チリムを横後ろから狙ったトライデントはチリムに到達することはなく、その太刀筋には2本の剣が縦に並んでいた。

1本はフォルの剣。

「…へっ…、その反射神経だけは…褒めてやんよ…」

額に脂汗をにじませ、口元にはニヒルな笑みを浮かべて、ようやくそれだけ言う。あまりに一瞬の緊張で、息が整わない。異変を察知した彼は荷物をすべて投げ出し、急接近して片手で剣を前に出し、やや不自然な格好でチリムを無理やり守ろうとしていた。

だがトライデントは、フォルの剣よりわずかに手前、もうひとつの剣で止められていた。

「…そりゃあ…、ありがとさん…、っ…」

止めたのは、チリムの剣だった。緊張で息が上がる。右手に持っていたファルシオンを一瞬で地面に突き立て、太刀筋を防いだ。

「だけど、これだけはやめられないな。ナイトってのは――」

チリムはそう言いながらゆっくりと剣を地面から抜き、両手で持ち直して空高く持ち上げた。

「…ッキィィィ!」

「っせぇぇぇぇい!」

ずしゃっ

「ギィィィィィィ…」

反撃しようとしたラットマンは、振り下ろされたファルシオンによって頭蓋を潰され、倒れた。

「ナイトってのは、勘と、度胸と、気合で生きる存在だからな」

「アタシの台詞を取るな!」

フォルが勝手に代弁して茶々を入れる。

「まったく、とんでもねぇ奴らだぜ。俺らはw」

「まったくだw」

「ハハハハハ」

「ハハハハハ」

「………さて」

ひとしきり笑った後、顔をまじめに戻す。

「始まったかな?」

「そのようだな…」

2人は荷物を手短な木の根元に置き直し、回復魔法薬などの必要物資を取り出した。

背中合わせになり、それぞれ得物をかまえ直す。

足元に倒れていたラットマンの死体から、黒い霧が立ちのぼり始めた。モンスターは皆、邪気で構成された具現体であり、倒されることで邪気はまた形のないものへと戻っていく。

しかし、2人はこの不自然さに気づいた。

「5…10…」

ラットマンは汚水を好むモンスター。雨が特別多いわけでもないこの乾いた原生林には、本来なら居るはずのない種族だ。

「囲まれてる、か…」

「さて、どうするよ?」

「そりゃあ、殴らなきゃはじまらない」

「それもそうだな。それとついでに、これだ」

フォルはそう言うと、足元にあった黒い棒切れを1本つまみあげ、チリムに見せた。

「…ははん、なるほどね」

チリムも納得したようだ。口元をニヤリと曲げる。

そのとき、2人の右耳につけられているラジオストーンが”ぶぅん…”というかすかな起動音をたてた。透き通った緑色のそのイヤリングは、魔力を使って声を遠隔地に送受信できるものだ。これを使えば、離れた場所にいるギルドのメンバーと会話ができる。

《外の見回りお疲れサマ!モンスターが村に来たよ!お2人さん、どんな具合?》

聞こえてきたのはマイの声だ。マイはいまグルーディン村の中にいる。予想どおり、村にもモンスターが来たらしい。フォルはイヤリングを右手でつまみ、現状を報告した。

「いやあ、ちょっと囲まれちゃってて」

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