「いらっしゃいませーいらっしゃいませ、あ、はいっ、砥石ですね、187アデナになります。ありがとうございま〜す。いらっしゃいませー、あ、はい、回復ポーション30個で1380アデナです。ありがとうございます〜」
グルーディン村の片隅に、大きな人だかりができていた。いや、片隅だけではない。村のいたるところに冒険者が集合し、ギルドごとに談笑や装備の点検をしている。宿屋は既に満室、あぶれた彼らは宿や民家の軒先に荷物を寄せ、もし敵が来なかったら今晩はそこで野宿になりそうな気配だ。
「次に事件が起きるのは、グルーディン村」
それが合言葉のように、冒険者は次々とこの村に押し寄せた。普段は住民しかいない閑散とした村の広場は、今や押し寄せた冒険者たちで完全に埋め尽くされん勢いだ。
原因は、数日前に全国を駆け抜けたドワーフの壁新聞だ。
「warning(厳重警戒情報)、knighthood(通報されたし)、ウッドベック村で被害、続く連続モンスター流入事件。
27日正午ごろ、ウィンダウッド領ウッドベック村に大量のモンスターが流入し、住民3人と居合わせたウィザードの男性1人が腕を折るなどの重軽傷を負った。警戒を強めていた王立騎士団や滞在中の冒険者達によってモンスターは撃退されたが、家屋数件が破壊されるなどの被害が出ている。
アデン王国内での町村へのモンスター流入は、11日のハイネ都市、18日のシルバーナイトの村に続き今回で3件目となる。王国政府は、『第三者への濡れ衣被害を防ぐため、犯人か目的が特定されない限り、懸賞金をかけることはできない』との姿勢を崩していない。しかし、一連の襲撃事件で今回初めて人的被害が出たこともあり、各町村から不満の声が出始めていることから、王立騎士団と傭兵隊の待機人員をさらに増やす方向で調整を始めている。」
「突然モンスターが多数現れ、村になだれ込んで大暴れする。」その事件は今も続いていた。犯人、目的、ともに不明。神出鬼没のその犯行は、村の警備を増やす事と、村が襲われるのを待つ事以外には打つ手がなく、王国内に動揺が広がっていた。
しかし、今日に限っては、それは違っていた。
10日にハイネ、18日にシルバーナイトの村が襲われた。ここまではただの「未知の事件」だったが、27日にはウッドベックが襲われた。これだけヒントがあれば、どんな冒険者でも気づくだろう。
3つの町村は、すべて隣同士に並んでいるのだ。
そしてウッドベックの先にも、街道がつながっている。シルバーナイトからウッドベックへ、そしてその次の村へ。犯人が来た道を戻らないとすれば、その街道の行き先は――。
賞金首にはなっていないが、村を守ろうとする者、褒賞を期待する者、アデン王国王立騎士団と傭兵隊も増員され、グルーディン村はその歴史始まって以来の活況を呈している、というわけだ。
村の雑貨屋では、看板娘のロッテが多数の客に囲まれて忙しく店を切り盛りしていた。屈強な冒険者たちは次から次へと食料品から体力回復薬まで買い込み、村での防衛戦に備えていた。
どうやら「グルーディン村に冒険者が集まる」という推測に、商業都市ギランの商人もチャンスを見いだしたらしい。ふと目線を横に移すと、ロッテのとなりに見慣れない男が店番手伝いをしているのが見えた。買い出しにきたチルムは一目で彼を見止めた。
「あれっ?ブルノさん、おひさしぶりー!(・x・)ノシ ぷいぷい」
「おおっ、チルムちゃんも来たのか!がんばってるかい?」
「うんっ(^^)。今日はグルーディン村が危ないって言うから、シルバーナイトの村からお馬に乗って急いで来たんだよ〜。ブルノさんも、今日はなんだかすごく頑張ってるね」
「いやあ、大盛況だよ!競合店舗もないし、危険が差し迫ってる分みんなたくさん買っていってくれるしね!」
「…誰?」
チルムとブルノは早くも和んでいる。チルムと一緒に買い物に来たユイは、男の見覚えがないので困惑気味だ。
「ギランの商人さんだよぉ、見たことない?全財産をかけてギランでお店開いたのに、なかなか軌道に乗らなくって、1人でデフレスパイラルやってるヒトなんだよ〜」
「ちょ、チルム。ちょっ」
「このあいだも、新しく仕入れたロンぐもーごぼ」
「あはははは、ご、ごめんなさいね〜(^_^;)」
悠久の時を過ごすエルフにとって、119歳のチルムは見かけによらずまだまだ子供。笑顔のままに知ること全部ズケズケ教えてくれるチルムを、あわててユイが口を塞いで制止した。しかしブルノは嬉し涙のような表情を見せ、大粒の涙を太い腕で拭う。
「くぅ〜〜〜。チルムちゃん手厳しいねぇ〜。でもおじちゃんの名前を覚えててくれたし、今日はたくさん売れて嬉しいからオマケしちゃう!ここだけの話、半額で売るよ!どれにする?」
「ホント!?じゃあ、それとこれとあれとこれとそれとそれ!あと」
「ちょ、ユイ、ちょっ、ひゃあっ!」
団の会計役が板についたか、値引きと聞いて全品買い占めん勢いのユイをあわててチルムが制止する。しかし、どうやったのか2段加速で商品をかき集めるユイは、腕にしがみついたチルムを意にも介さず一瞬で振り投げた。
「あてて…。でもブルノさん、これからモンスターが攻めてくるかもしれないのに、この村にいたら危ないんじゃない?」
「そうさ!でも、こんなチャンス一生に1度だよ!もう絶対、2度とない!だから、ギランの店の在庫を全部こっちに運んで来たんだよ」
「ああ、だからこんなに在庫がたくさん積んであるんだ」
「ガーン!Σ( ̄ □  ̄ )」
今度はなにか効いたらしい。ユイはそんなブルノの顔を無視するかのように山積みにした”戦利品”を会計へ。見る間に顔が青ざめていくブルノが勘定を終え、2人が紙袋に商品を詰めているところで、ロッテが横から2人を呼び止めた。
「あ、お客さんちょっと待って」
「ほい?」
「これ、いまお客さんにサービスしてるんです」
そういうと彼女は、エプロンのポケットから棒を4つ取り出してユイとチルムに2つずつ持たせた。
「? 赤い2段階花火?」
「チルムのは黄色だー」
「仲間の方にもお渡ししてください。町を守りきったら、みんなで一斉に花火を打ち上げるんです。今日はこの町のことをよろしくお願いします」
ロッテはそう言って微笑んだ。
「まかせてください!」
「がんばりまーす!」
思わぬ手土産を大事に買い物袋にしまい、2人は両手一杯の幸せを手に店を後にする。
「たくさん買えたね〜 (゜ー゜) 」
「店のおじさんがいい人でよかったね〜 (゜ー゜) 」
「あ、ありがとさ〜ん…また、どうぞ…」
すっかり青ざめたブルノが右手を振って送り出していた。
「しっかし、よく覚えてるわねぇ。その…、ブルノさん?なんて」
「だぁって、世界の歴史を調べるには本を読むのも大事だけど、やっぱり生きた言葉も大事だもん。捜査は足が基本!なんてね」
「へぇ〜、さっすが歴史研究家、まさに『歩く住民票』よねぇ」
「えへへ。団長、喜ぶかなあ?」
「そりゃもう、『うおっ!なんでそんなに!?』って驚くよ、きっと。団長〜、買ってきましたよ〜」
団長のロッソは既に村の東門に腕を組んで立ち、モンスターがやってくるであろう森を監視していた。呼ばれて左を見てみれば、2人がありえない量の荷物を持って立っていた。
「うおっ!なんだ2人とも!なんでそんなに!?」
「ほらね?」
「ほんとだー」
「なんだか安かったのでたくさん買っちゃいました〜」
「店のおじさんもねー、たくさん売れたって嬉し泣きしてたよ〜」
「? そうか?ならいいんだが。それじゃあ、荷物をみんなに配っておいてくれ」
ロッソは気を取り直して監視を続ける。
「いつも椿座の分までありがとね〜」
「いえいえ〜。それじゃ、これが団長のぶん、姫のぶん、デュールのぶん、ユイのぶん、チルムのぶん、あと安かったからおやつにオレンジを1人1個、ワセンさんとか他の人はどこかな〜」
「あー、倉庫に行ってるからすぐ戻るよ。チリムとフォルは村の外の見回り。それじゃ、荷物はそこにお願い」
「はぁい、じゃあ荷物の近くに並べて…と」
「この花火、マイさんに。モンスターを倒したら打ち上げましょうって雑貨屋さんが言ってました」
「へえぇ、随分イキねえ( ゜ー゜)。こりゃあ頑張るしかないわね!」
「犯人は、まだ来そうにないですか?」
チルムといっしょに荷物の近くに補給物資を置いていきながら、ユイは聞いてみる。町は多くの人で賑わっているが、まだ緊張感のようなものは感じられない。
「予想だとそろそろ来るんだけどな。まだその気配は無い」
「そうですか…今日は長旅でつかれたし、明日くらいに来てくれるといいんですけどねぇ」
「ま、敵がそこまで親切だとありがたいんだけどな」
「さっき、騎士団のひとが街道に鳴子を仕掛けてきたみたいだから、敵が来たらすぐ分かるわよ」
鳴子とは、長めの紐に拍子木をいくつか吊るしたものだ。街道をふさぐように2本の木の間にぶら下げておけば、モンスターが街道を走って来て紐にぶつかり、拍子木が揺れて音を発てる。
「あの2人はやっぱり見回りか。危険好きとは言え、よくやるなあw」
「ええ。チリムが『もう待ちきれない!』って、フォルも連れて行っちゃった。毎度懲りないわよねぇ」
「案外、鳴子に引っ掛かってたりして…」
「まっさかぁ。モンスター用の大きいのなんだから、すぐ見破るわよ」
すると、ちょうど森の奥から高い音が響いて来た。
カラン…
カラコロ…
カラコロ…
「うわ!ほんとに引っ掛かった! Σ( ̄□ ̄ )」
「なんて分かりやすい人達…(;´Д`)」
「あの2人…(*ノノ)」
フォルたちが所属するギルド「椿座」の座長マイは、さすがに恥ずかしくて顔を両手で覆い隠した。まさか引っ掛かるとは…帰って来たらお説教決定。しかし、音は一向に鳴り止まない。
カラコロカラコロ
ガラコロ
ガラガラガラ
ガラン
…
…
そして鳴子は鳴らなくなった。さすがに2人の仕業にしても過ぎる。マイも顔をあげ、不思議そうに街道の方をみた。次の瞬間!
ビシャーーン!
ガラガラ、ビシャ、ビシャーーン!
「うわーっ!」
「ぐあぁっ!」
「!! あれはっ…」
突然、無数のいかずちが降り注いだ。ロッソたち冒険者はそれに見覚えがあった。冒険者を襲う空から降り注ぐ電光。襲い来る雷鳴。
「エルダー!?」
マイは声をあげた。並の冒険者をも稲妻の早さで死に至らしめる電撃。冒険者であふれるグルーディン村に、ついに犯人が攻めて来たのだ!