Silent Poison

「モンスターが来たぞー!」

「おーい!出た!出たぞー!」

「来たぞ!入口を固めろ!戦える者以外は家の中に入ってカギをするんだ!はやく!」

最初の攻撃を発端に、村の中が一気に慌ただしくなった。王国騎士団の兵たちが村を走り、逃げ遅れた市民を探して誘導する。雑貨屋に展開していた群衆も、蜘蛛の子を散らすように自分たちのギルドの輪に戻っていった。

「なんだ、てっきりチリムが鳴子に引っ掛かったかと…」

「そ、そんなわけないわよ!私の目が黒いうちはそんな事やらせませんからね!ヽ(`Д´*)ノ」

「さっき、ちょっと信じてなかった?」

「ちょ、ちょっとだけね!!(*゜Д゜)」

「それより、いま2人が村に戻って来るとマズイんじゃないか?」

「2人は絶対ちが…、あ、そ、そっか、そうよね、マズイわね、えっと」

「信じてない」と言っておけばいいのに、「ちょっとだけ」とウソを言わないあたりがマイのいいところだ。ロッソとユイのツッコミを必死にかわしながら、マイは右耳のイヤリングを右手の親指と人差し指で軽くつまんだ。村の外にいるチリムやフォルがいま村に戻って来たら、モンスターと鉢合わせしてしまう。それは危険だ。

「外の見回りお疲れサマ!モンスターが村に来たよ!お2人さん、どんな具合?」

ややおいて、フォルが応答した。

《いやあ、ちょっと囲まれちゃってて》

「ええ!?何に!?」

《ラットマン30匹、ってところかな》

「どうした?」

「ん…なんか、2人が森でラットマンに囲まれてるって」

「しまった遅かったか…やばいな、もうモンスターが攻めて来るぞ」

「うーん、助けに行こうにも…」

村の出入口では、防衛線が張られる真っ最中なのがすぐ見てとれた。これでは中から外へも出れそうにない。

「ぐぅ〜、助けに行きたいけど、モンスターを倒さなきゃ助けに行けないってことか!」

「そうみたいだ。出れるようになったら、うちの団員も協力させるから!」

「ありがと!それじゃ最善策!反撃といたしますか!チリム、フォル、聞こえる!?もう村にモンスターが来るから、倒してからでないと助けに行けないの。2人とも大丈夫?」

《ああ!このくらいワケないぜ!》

「ごめんね!すぐ行くから!そのあいだ村から遠ざかるように逃げて待っててね!こっち来たら山盛りのモンスターと鉢合わせになっちゃうからね!」

《チリムが村のほうへ行きたそうな顔してるぞw》

《あっ、こら!》

「フォル!命懸けと思ってチリムを止めといてね!」

《まかせろってんだwマジで命かかりそうだしな》

《ちっ》

「それじゃ2人とも頑張ってね!」

《おうっ!そっちも頑張れよ!》

《やるよ!フォル!》

「それじゃ、私達もがんばって防衛しましょうか!」

「「「おうっ!」」」

マイの鬨の声に全員が呼応する。村の南の入口は早くもモンスターと冒険者の交戦が始まった。そして、南から入り切れずにあふれたモンスターたちは村の周囲を走り、まるでカーテンを閉めるかのように南から北へと回り込んで村を取り囲んでいく。冒険者から次第に「おぉ…」というどよめきがあがる。それは東門にいたロッソたちも同じだった。

「…なんか、思ってたよりちょっと多くないか?」

「多いかも…」

それは、彼らがシルバーナイトの村で見たのとは、はっきりと違う量だった。

「グモォォォォォォ!」

「ギィィィィィィ!」

モンスターが北、東、西の各門からもなだれ込み、防衛線と対峙し始める。ワセンたちも倉庫からあわてて帰ってきた。装備を固め、大きな荷物は村の片隅に寄せて、ロッソやマイたちは防衛線へ、チルムやワセンたちはそれぞれ後方の陣に混じる。前衛の眼前には、早くも次から次へとモンスターが押し寄せた。

「ガアアアア!」

「おおっ!早速ご挨拶だな!これはけっこう、反撃のしがいがあるってヤツか!?せいっ」

防衛線の最前列に陣取ったロッソが、目の前のスパルトイをフォチャードで突き刺しながら言う。

「ウォォォフ!ウォォォフ!ウォォォフ!」

「よっ!とっ!これはちょーーっと、ありすぎかも!でぇい!」

「ヴォァッ!ヴォォッ、ヴォァァァ…」

マイもさすがに数に圧倒されたか、ついさっきの盛り上がりは消えて本気の目付きになり、エルヴンスピアをもつ両手に力が入る。ウェアウルフががむしゃらに次々と振り下ろしてくるメイスを、ひとつひとつ槍の柄で止めながら、スキをみて腹のど真ん中を突く。

村の出入口に特別に木の杭を組んで設置されたバリケードの向こうには、大から小まで見渡す限りモンスターが立ちはだかっており、やはりシルバーナイトの村のときの比ではない。壁新聞でもずっと「数百匹」程度に報道されていたし、ほかの冒険者も一様に面食らった顔をしている。

「よっしゃぁ!今日はアタシのためにあるっ」

「気をつけるんだぞユイ!味方に当てるんじゃないぞ!」

「まっかせなさい、ワセン!ファイャァァァァ……」

最前線のロッソたちとは逆に、数多の敵を目前にいよいよ盛り上がって来たのは後衛部隊だ。魔法での攻撃は単体攻撃より範囲攻撃を得意とする。普段は安全のためモンスターに囲まれないように進むことが基本だが、今日はもちろん例外!クリスタルスタッフを右手でやや短く持ち、先端が頭上になるように斜めに高く掲げ、左手をかざして最大限のマナをスタッフの先に送り込んでいく。これは、なるべく攻撃寸前まで魔力を溜め込むためのフォームだ。

「…にやっ」

「うわ…ヤバ…」

スタッフ先端にとりつけられたクリスタルボールはマナを大量に蓄積し、いますぐにも自壊しそうなほどに白く輝きだした。その蓄積量に満足したのか、ユイの表情が妖しく微笑む。ワセンは次に起こるであろうアクシデントを確信した。ユイは右腕を後ろに動かし、スタッフの先端も頭上から後頭部へスライドした。そして!

「ボールぅぅぅ!」

ぶんっ!

スタッフの先端が後ろから頭上を越えて足元まで勢いよく移動した。たっぷりのタメとともに振り出されたその先から、マナがバケツをひっくりかえすかのように一気に流れ出し、光の軌跡はそのまま防衛最前部の上空を放物線を描きながら越えていく。

カッ

ドゴォオオオォォォォォ…!

「ガァァァァ!」

「うおっ」

「ぐっ」

視界がすべて白い光に包まれるほどの大爆発を起こし、周囲の防衛メンバーがあわてて防御姿勢をとる。土埃がユイの黒く長い髪を水平にたなびかせていく。着弾地点は地獄の業火となってモンスターたちを呑み込み、断末魔は轟音にかき消されて人の耳に届く事なく、焼かれて消えていく。

「うーん、絶好調っ♪」

「だから、巻き込むなって…」

御機嫌な表情で握りこぶしのガッツポーズを取るユイ。普段あまり「絶好調」になっている機会がない分、あまりの威力と派手っぷりにワセンは舌を巻くしかない。

「ぺっぺっ!砂が…でもなんかカツが入った!よぉぉぉぉっし!なんとしてでも村を守るっ」

「おうっ」

「ウィザードなんかに負けてやれっか!やってやんぞオラァァァ!」

「なんか東門のほうは景気よくやってるな!俺らも負けてなるかぁぁ!」

「西門も気合だ!やってやれー!」

味方を巻き込んだ大爆発は、冒険者たちに芽生えていた不安を吹き飛ばし、奮い立たせた。村の片隅で起きた轟音は瞬く間に村を駆け抜け、見ず知らずに集まった冒険者たちが団結し始める。

そんななか、村のなかに逃げ遅れた住人がひとりいた。

「ブルノさん!何やってるの早く逃げて!」

「こ、こんな急にモンスターが押し寄せるなんて…在庫を宿屋に戻さなくちゃって…ひゃぁっ」

雑貨屋の屋台の後ろにブルノが伏せているのを見て、あわててチルムが駆け寄って声をかける。村は既に戦闘状態、投石や矢がつぎつぎと頭上から降ってくる。

「在庫と命、どっちが大事なの!」

「お、俺の全財産を掛けた可愛い在庫たちなんだ!置いて逃げるなんて…」

「人生にこんなチャンス2度とないって言ってたよね?じゃあ明日からどうするの?また売れない店を開くつもり!?」

「そ、それは…」

「何年も頑張って、やっと今日、商売の才能が芽生えたんじゃない!これから頑張って、2度目のチャンスを作ればいいんじゃない!それとも、ここで死んで、『人生に一度っきり』を文字どおり現実にする気な…ったい!」

ブルノの顔を見ながら説得するあまり隠れるのを忘れたチルムの頬を矢がかすめる。

「あわわ…」

「いっつー…思わずよそ見しちゃった…ヒール!とにかくっ、早く逃げて!ほらっ」

「わ、わかった!ごめんね!」

「いいえ!」

ブルノは頭を抱えながら宿屋へ走っていった。そのポケットから、くしゃくしゃになった武器強化スクロールが宿屋までてんてんとこぼれていく。

「うわ…さすが商売人魂(;´A`)。これだけ言っても在庫を持って帰るなんて、ブルノさん意外と素質あるのかも…さて、ブルノさんの在庫を守らなくっちゃね!」

チルムは周囲にまだ人が隠れていないか見回しながら防衛線後方の弓隊に戻ると、防衛線から離れて魔法攻撃をしているエルダーに狙いを定めた。防衛線の頭上を越えるように、やや高めに。

「なあ、マイ」

「何?」

まだ最前線で頑張っているロッソは、次々とやってくる敵を片っ端からなぎ倒しつつ、右隣りにいるマイに聞いてみる。

「なんか、この敵の構成、どこかで」

「ガァァァァ!」

「ふっ!それっ!どらあ!」

「ガァァァ…ッ」

「見覚えがあるんだが」

骸骨のモンスター、スパルトイの繰り出す曲刀シミターをフォチャードの先端ではたき落とし、その先端はさらに盾をかわして背骨を突く。スパルトイの体はガラガラと音を立てて崩れた。会話に横槍を入れられながら、ロッソは質問を無理やり言い切った。

「てっ!ほっ!そう?まあ、言わ――」

「ギィィィィィ!ギィッ!」

びちゃっ

「わぷっ、こおんのぉ!」

「キュアポイズン!」

「だっ、せえい!」

「ギィィィ!ギィィィィィ…」

「言われてみると、たしかに、どこかで…」

マイも、ドレッドスパイダーが出す毒液をかぶりながら答える。さすがに後衛さまさま、間髪入れずに解毒魔法が飛んで来るのが心強い。

「これって、なにか…」

「バグベアーが来るぞおお!」

「ぐもおおおおおお!」

「がぁっ」

「うわあっ」

しかし、ロッソの質問の続きは別の冒険者の絶叫でかき消された。直後にマイの右側に巨漢のモンスター、バグベアーがボディアタックで突入し、屈強な戦士たちによる人の壁が幅5人分ほどに渡ってドミノ状に倒れる。

「くっ」

防衛線に開いた穴めがけ、他のモンスターも集まり始める。傷の入った防衛線はそこからすぐに化膿し、倒れた冒険者を踏み付けてモンスターが流入を始めた。

「なだれ込んで来るぞー!」

「誰でもいい、穴を埋めろ!」

「ゴァァァァァ!」

「マイ!引けっ!」

「いいえ、穴はこれ以上拡げないっ!」

焦げ茶色の熊に鳥のクチバシと足をつけ、直立2足歩行するモンスター”オウルベアー”が両手を上げて襲いかかる。自分の背よりも2倍は高いところから振り下ろされる長い爪を、マイは頭上に槍を横に持って止める。

「ゴァァァ!」

バキィッ

「っ!!」

「マイ!せぇいっ!」

ぐむっ

ざくっ

「ぐうぅっ!」

エルヴンスピアの細身は粉砕され、オウルベアーの長い爪が襲った。ロッソはオウルベアーの脇腹にフォチャードを刺して腕の軌道をわずかに逸らしたが、マイの左腕には3本の太く真っ赤な肉が見える傷が入った。

「うぅぅぅぅっ」

「ゴァァ!ゴァァァァァ!」

オウルベアーの巨体はフォチャードの攻撃にもほとんどひるむことなく、トドメを刺そうと両手をまた振り上げた。痛みに耐える暇も無い。斬りつけられたマイは一瞬後ろによろけた後、その巨体が両手を振り上げて降ろすまでの動作のスキを見逃さず、まだ自由に動く右手で右腰につけたダガーを抜き取って構え、全体重をかけて体当たりした。

「ぐぅっ、こんのぉぉぉぉっ」

ずむっ

「ゴォッ!ゴァァァァ!」

「ヒール!」

少し遅れて回復魔法が飛んで来る。渾身の体当たりを食らったオウルベアーは向こう側へ倒れ、反発でマイはしりもちをついた。

「マイッ!大丈夫か!?」

「だっ、…大丈夫っ」

傷は治っても、マイはまだ起き上がれずに左上腕を右手で押さえていた。強がりの彼女も、額には脂汗がじっとりと浮かぶ。ロッソはマイを後衛部隊に診せるために、応戦していたフォチャードを放棄し彼女を抱えようと片膝を着いた。しかし。

「よそ見してる暇はねえぜ!ロッソぉぉぉぉ!」

「ロッソ、後ろっ」

「くっ!?」

ぎぎいぃん!

突然、黒い物体が上空からロッソの足元に着地し、2本の剣で左右から襲いかかった。

「ふん…止めたか…」

ロッソはとっさの判断で、先ほど倒したスパルトイのシミターとシールドを持ち、剣と盾の両方で左右両方からの同時攻撃を止めた。

「まさかこんなところで会えるとはなぁ…」

「!お前は――」

銀の髪、黒い地肌、尖った耳。それは、近年アデン王国を脅かす地底王国の住人の特徴だ。そして、額から左頬に走る斜めの傷痕、潰れた左目にロッソは見覚えがあった。

「だが、その盾で俺の動きを止められるか…?」

その男は口元をニヤリと不気味に歪ませ、不自然に波型に曲げられた両手武器ダマスカスデュアルブレードを高速で繰り出した。

ぎぃん!

がりっ

ぎぃん!

「くっ」

右肩、腹部、左わき、首、顔面、デュアルブレードは凄まじい早さでロッソの全身をくまなく突き、斬ろうとする。反撃する暇も無く、ロッソはそれを止め続けた。が、しかし。

がぁん!

ぐずっ

「ぬうっ」

激しい攻撃に、ついにスパルトイのシールドは2つに割れ、続いて鈍い音が聞こえる。ロッソの表情が歪む。2人の動きは、左肩に得物を刺したその状態のまま止まった。

「…いつか受けた恨み、礼はするぜ…」

「………」

2人は互いに睨みつける。口では言い表せない何かを、口で語った以上の会話を目で続けていた。

「その手を、離しなさい」

その声に、ダークエルフの男は頭を動かさないまま、左に視線を移した。マイが男の左脇腹に、両手で槍を構えていた。それはマイの壊れたエルヴンスピアではなく、ロッソが放棄したフォチャードのほうだ。

「フン…、その左手は添えただけか?片手で俺を止められる気か」

「………」

見透かされることは分かっていた。先刻切りつけられた腕には、まだ痺れが残っている。マイは額の脂汗を拭う事なく、男を睨み続けた。その時、ロッソたち3人の周囲をドタバタと駆け抜けていくモンスターの数が急に減った。乱戦はまだ続いていたが、暑苦しく殺気に満ちた土埃は減り、3人の間に森の風が吹き抜けて行くのがわかった。

「…ふ…、しくじったか…」

「なんですって?」

「まあいい。邪魔が入ったな、勝負は預けておいてやる」

「それは好都合だ」

「今度、邪魔のいないところでサシで勝負しろ。せいぜい、その紋章が汚れないよう消すか捨てるかしておくんだな」

ダークエルフは静かに剣を抜き、一歩下がって距離をとった。血を払った剣をゆっくりと腰の鞘に収める。素手となった手は開き、掌をロッソのほうにむけている。

「その血をラスタバドの栄光の糧とせん…。せいっ!」

一瞬前のゆっくりとした動作を一転し、両の掌で素早く風を仰ぐように、腰のあたりから首の前で交差するように動かす。するとダークエルフを中心として回転する空気の渦ができた。おそらく、単純に空気をかき乱したのではなく魔力による風だろう。一瞬のうちに風はかき消え、その渦の中心にいたはずのダークエルフも姿を消していた。

「ロッソ!」

「ああ…、大丈夫だ」

「ヒール!」

遅れ気味のヒールがようやくどこからか飛んできた。モンスターが村の中になだれ込んだために前衛も後衛も散り散りとなり、今や村の中全体でモンスターと冒険者が混戦を繰り広げている。しかし、流入するモンスターの数が減った今、この状況はすぐに改善するはずだ。

「マイ、今なら村を出るチャンスじゃないか?」

「あ!」

「いくら2人が最強の無鉄砲コンビでも、そろそろ様子を見に行く頃合いだろう」

「でも…、ロッソ」

「村のことは心配いらない。俺達が片付けておくさ」

カチン!

「村のことは」のフレーズでマイの表情が変わった。ムッとした目付きが一瞬見え、そこからいったん短く目をつむり、静かに深呼吸して考えを巡らせる。

「…そうね!さすがに野生コンビでもそろそろ気になるわ!」

マイはすくっと立ってそう言うと、イヤリングを右手の2本指でつまみ、村に散らばった座員に指示を出す。

「椿座のみんな!チリムとフォルを助けに行くチャンスだよ!南門に集合!!っと、それじゃロッソ、『村のこと』は任せたわよ!」

「ああ、これを持ってけ。それと、外にも残党が残っているかも知れないから回復役も増やした方がいいだろう。ワセン!聞こえるか?マイについてってくれ」

《了解!》

「ありがと!それじゃ行くよー!」

ロッソは、折れたマイの槍の代わりに自分の槍を預けた。マイは慌ただしく南門へ駆けていく。マイはなにを怒ってるんだ?ロッソは首をかしげながら、腰につけたツーハンドソードを抜いて村を眺めた。ユイたちは流入したモンスターに押し流されて少し遠くにいたが、全員かたまって行動しており、どうやら無事のようだ。ロッソはすぐに飛び込んでいった。

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