「ぜー、ぜー、ぜー… こ、こいつ、なんて無茶しやがる…」
「はぁっ、はぁっ、ま、まったくだ…」
「放せ!放せ!放せー!」
疲労困憊でぐったりと2本の木に寄りかかって座るフォルとチリム。結局、救援もなかなか来ないので、回復ポーションを飲みまくって2人で全部倒してしまった。
フォルの左手には、黄緑色の小さなモンスターがいた。それは全身で人の頭より少し大きいサイズしかなく、今は首根っこをフォルに片手で掴まれて、空中で手足をバタバタ首をブンブンしている。
「へっくしょい!」
「なんだ?そのゴツい鎧でも寒さなんて感じるのか?」
「へっ、誰かが俺の噂してやがるだけだ」
「だぁれが、うわさ…ふぁ…っくしょい!」
「なんだ?暴れ足りなくて寒気でもするのか?」
「ふん、さすがに十分暴れられたよ、そいつのおかげさまでね」
「まったくだ」
2人はぐったりと愚痴を言い合う。しばらくするうちに、森の向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「……リムー!」
「フォルー!」
森の向こうから2人を呼ぶ声がする。ようやっと救援の到着らしい。もう歩く気力もないので、大声を出して呼ぶ。
「おーい!こっちだー!」
「!チリムっ、大丈夫!?みんなー、こっちー!」
「ああ…大丈夫。ちょっと打ちつけたくらいだから」
「ヒール!」
「大丈夫!?フォル!チリム!遅くなってごめんっ!」
「遅いぜまったく…村の方は大丈夫だったのか?」
「フォルにも、ヒール!」
「もちろんよ!モンスターも減ってきて、あとは残党とみんなが戦ってるわ」
「そうか…へっ、手間かけさせやがって」
「ところで…その右手のは、なに?」
「ああ…」
「うーん!放せ!は・な・せー!」
ジタジタバタバタ
諦めの悪いそのモンスターは、必死にフォルの手から抜け出そうとしていた。小さな両手をフォルのごつい手に当てて力をいれているが、首根っこはその程度ではぴくりとも緩まない。
「リザードマンの…、こど…も?」
マイが中腰になってのぞき込む。なんだか3等身で頭が大きく見え、体長もウィンダウッドの砂漠に出没する本来のものより半分以上小さい。
「ああ…こいつが犯人だったんだ。見てみな」
「これは…」
促されて、マイは足元を見た。黒く細い棒が無数に落ちている。
「これ…『シーレンの落とし物』?」
「ああ。こいつはずーっと、村の外でモンスター生成ワンドを振ってやがったんだ。おかげで接近するのも取っ捕まえるのもエライことだったぜ…」
「ワンド10本両手に持って思いっきりブン回すなんて…。どうなることかと思った…」
「それは…悲惨な(;´Д`)」
フォルとチリムが交互に説明し、マイが肩を落とした。2人とも、単なる体力浪費のぐったり感というより、「フザケンナ」とでも言いたげな呆れ顔だ。
「で?なんでお前はこんなことしたんだ?」
「うー!放せー!」
「この野郎っ、ジタバタすんな!」
「フォル!待って待って」
フォルの手がそろそろダルそうになってきたので、マイはあわてて制止する。
「この子ひとりでこんな大掛かりなことできるわけない…きっと何かあるんじゃない?話してみてよ。ね?」
マイは「ん〜…」と若干持ち方を迷った後、フォル同様に首根っこを後ろから掴んで確保役を交代した。前から捕まえると鋭い歯で噛まれる危険性がある。マイはそのまま地面に腰を下ろし、リザードマンと目を合わせて、ゆっくり話を聞く体勢をとる。
「話してくれない?ね?」
にっこり微笑んで問いかける。
「ヤダ」
迷わず拒否するリザードマン。
「話さない?」
「話さない」
「どしても?」
「どしても」
「それじゃあ…」
マイは、首根っこを掴んだまま手首を向こう側に回す。リザードマンの顔も回転して向こう側を向く。
「ふーん、コイツなかなか口は堅いのな…」
ボキボキボキ
そこには、今にも殴りたそうに指を鳴らすフォルがいた。
「あわわわわわわわ!」
命の危険を間近に感じて、リザードマンはジタバタしながら悩む。マイはもう一度その顔を自分に向けさせた。
「しゃべる?」
「もももも、もも、モンスターの意地にかけてもしゃべんない!」
「チリムー」
「待ってました!」
ボキボキボキ
「わわわわわかった!しゃべる!」
マイは今度は身動きせずに、背後のチリムに声をかけた。指を鳴らして心の底から嬉しそうに即答するチリムの声を聞いただけで、今度はほとんど間髪入れずにリザードマンが考えを改めてくれた。チリムは殴り損ねて不機嫌な顔をするが、マイはそのまま聞き取りを続行する。
「う……」
リザードマンの首根っこを掴んでからずっと、マイの顔はにっこりと微笑みを浮かべている。マイは椿座の座長だ。こう見えても、人の悩みや相談事を聞くのは上手かった。もっとも、当のリザードマンにはその微笑みこそが般若の面にしか見えなかったのは言うまでもない。
「…オ…オイラ…、こんな小さいからチカラもないし、戦う勇気もないし…、仲間がみんなニンゲンに狩られていくのをみて、逃げることしかできなくて…」
「………」
「シーレン様は気まぐれなんだ…。同じモンスターなのに、強く生まれたり、弱く生まれたりする。オイラだって、こんななりでなきゃきっとニンゲンを倒しにいったんだ…。でも…、こんな…」
「………」
「でもオイラ、森に逃げて隠れてる時、誘われたんだ。『お前も、弱き者か?』って…」
「誘われた?って、誰に?」
「…黒い、鎧を着た、ニンゲンだった」
「人間…?」
『お前も、弱き者か?』
『!お、お前はニンゲン!』
『ふっ、そう構えるな。我々は似た者同士だ』
『?』
『この世は力で支配されている。お前も、お前だからこそ、わかっているだろう』
『……』
『私も、わかっている1人だ。私も、強くなりたかった。だが、どれだけ苦労しても、なれなかった。なれなかったんだ』
『……』
『だが、私は力を得た。ある方のお陰でな』
『……』
『もうじき、その方は世界を支配なされる』
『……』
『雑草のまま枯れ行く定めの私に、チャンスをいただけた。私はその方のために戦い、ともに世界を治め、正しき世界へ導くのだ』
『……』
『お前も…。この世界を共に、正す気はないか?』
『……』
『まず、この世界を壊すことから始める。お前はこれを使うがいい』
『…これは?』
『「シーレンの落とし物」だ。お前でも扱えるだろう。ここから海沿いに北東へ進め。川を越えたところの森で、それはもっと多く集まる』
『……』
『お前ならできるはずだ。この世界を恨み、我が運命を恨むお前なら、お前だからこそできるのだ』
『……』
『それを集めろ。その気があれば、3週間後、…、そうだな、今から21の夜が明ける時、その川を越える場所で、また会おう』
『……』
「それで、オイラ…」
「…どうやって、集めたの?」
「ニンゲンがたくさん落としていった。だいたいはニンゲンが拾って行くけど、オイラ背が低いから、忘れ物がたくさん集まった。薮の中とかにたくさん落ちてて、それを拾ってた」
「なるほどな…。よくこんなに持ってると思ったぜ…」
フォルが疲れでうなだれながら納得した。
「それで…、どうしたの?」
「それをたくさん持って、川のところに行った…。そしたら、橋のところにそのニンゲンが立ってて…」
『……』
『…お前なら、来ると思っていた。』
『……』
『……』
『……』
『…これは、俺が最も嫌いな景色だ』
『……』
『この森の向こうに、何が見える?』
『……』
『…村だ。小さな、な』
『……』
『シルバーナイトの村、という。人間が、ナイトを育てるために、森の中にわざと隠している秘境の村だ。もっとも、今はもう隠れてはいないがな』
『……』
『俺も、昔は、この国を守る戦士だった。ブラックナイトの称号を得、多くの仲間とともに国の各町で警護に就いた。
毎日のように、お前のようなモンスターが村にやってきた。毎日、こんな重装備で村の一カ所に立ち尽くして、村に入ろうとするモンスターを単調に退治していた。
それでも、俺は幸せだった。俺が国民を守るんだ。そう思えば、これ以上名誉なことはない。何かあれば、討伐隊が結成され、俺も志願した。ケガをすることもあった。だが、悔いはなかった。
しかし、ある時から国は変わってしまった。ケン・ラウヘル、その男が王座に就いた時から、城内が、そしてすべてが、静かに変わっていった。
当時は誰も知らなかった、この森の小さな村。これを探し出せと言う命令が出た。俺が見送った仲間たちは、誰ひとりとして帰ってこなかった。日に日にブラックナイト隊は数を減らし、しかし、王の命令は変わらなかった。
不審に思った者も多くいた。だが、指令書を渡されると、皆、不思議とそれを口にすることはなくなった。…俺も、指令書に、なんら不審を抱かなかった。それに触れたとたん、先刻までの疑念が嘘のように晴れ、指令書に従えばこの状態を打破できる、そう信じるようになった。
俺は仲間とともに、まったく人の痕跡のない深い森を、昼も夜もなく、幾日もさまよった。重い鎧も、暗い森も、指令書を握り締めるたびに苦にならなくなった。
「まだ見つかるわけにはいかない」。そう声が聞こえて来たのは、満月の夜だった。先頭を歩く者が突然倒れ、後ろからも呻き声が聞こえてきた。俺は村の守人が来たと知った。俺は戦おうとしたが、体が動かなかった。
動かない理由が疲労だと気づいた時、俺は理解した。指令書の魔術。俺は、俺達は、王の手駒に過ぎなかった。戦うことすらもできないほどに俺達は魔術によって騙され、知らぬ間に酷使され、そして守人に斬られる。休みなく村を捜して歩き続けるその指令。俺達は虫けらの扱いだったんだ。仲間が次々と倒されるのを見て、俺もその1人なのだと確信した。
俺は叫んだ。膝をついて叫んだ。もう国も、守人もどうでもよかった。なぜもっと早く気づかなかったのか、俺が信じていた国はなぜこうも変わってしまったのか。…だが、俺は次に気づいた時、元の森に立っていた。守人の姿も、仲間の死体も、指令書も、どこにもなかった』
『……』
『俺はもう城の指図を受ける気はない。ブラックナイトの称号などどうでも良い。だが、やらねばならない。この国を滅ぼし、王を殺し、新たな国を作る。失うものなど何もない。そんなものは、とうに失くしてしまった』
『……』
『俺は、そのために力を授かった。国を、世界を壊すための力だ。この力さえあれば可能なはずだ。俺は、そう確信している』
「力を、授かった、だと…?」
チリムが口を挟んだ。
「それって、どういう力なの?」
「オイラにも、わからない…。でも、そのニンゲンは、立っているだけなのにすごいチカラを感じた。ニンゲンというよりは、オイラたちとすごく似た雰囲気だった」
「モンスターの…雰囲気…?」
「それで、どうしたの?」
考え込むチリム。マイは、リザードマンに話を続けさせた。
『無駄話をしたな…しかし、お前はどうなのだ?』
『……』
『世界の負を見て来たお前だ。この世界を壊したいと思わんか?もしそうなら、俺のこの力をお前にも与えてやろう』
『…チカラ?』
『そうだ。強大な力だ。お前が最も必要としているものだ。これがあれば、お前はお前のしたいことができるはずだ』
『…オイラは…、ニンゲンを…オイラが…』
『お前が、それをできるようになるんだ』
『…オイラが…』
『……』
『……』
『…お前は今から、北へ戻れ。人間の町があるはずだ。そこで、お前が集めた「シーレンの落とし物」を使ってモンスターを生み出し、町を襲わせるんだ。そして道を南に戻り、人間の町をひとつずつ破壊してやれ』
『……』
『俺は、お前のための力を準備しなければならん。ケント…、そうだな、この道沿いの、5つ目の村でまた会おう』
『……』
『お前の活躍に期待しているぞ…』
「それで…オイラ…」
「ハイネが襲われたわけか…」
一同は静まり返っていた。連続襲撃事件の犯人がこんな小さなリザードマンで落ち着いた矢先、その口から語られた背景が予想以上に大きかったことに驚いたのだ。
「ブラックナイトが、ケン・ラウヘルに敵意を抱くのは分かる。だが、なんで今頃…?」
ワセンが誰ともなく、疑問を口にした。ケン・ラウヘル、反王と呼ばれるその王は希代の魔女ケレニスと共にアデン王国に現れ、怪しい術で王座に就いて国を混乱に導き、団結し立ち向かった冒険者たちによって数年前に王座を追われ姿を消した。王国はその後、次代の王のもと、新たな敵ラスタバドが訪れるまで復興の道を歩んでいた。今になってブラックナイトが王を殺そうとしているのは、理屈が合わないのだ。
「…それで、あなたはどうしたの?」
「いいつけどおり、町を壊そうと思った。でもなかなか壊せなくって…。5つめの町に着く前に、せめてここだけでも壊しておこうと思って…でも捕まっちゃって…」
「それで、今回だけあんなに多かったモンスターが急にやんだのか…」
「そういえば、スパルトイとかリザードマンとか、出てくるモンスターの種類に見覚えがあったんだ」
ワセンとマイが納得する。
「次の町で、チカラがもらえると思ったのに…オイラ…」
その声は小さかった。リザードマンは、もう抵抗しなかった。マイに首根っこをつかまれた状態でうなだれ、全身から力が抜けたようにぐったりしていた。
「ねえ」
「?」
不意に、マイは明るい声でリザードマンに声をかけた。さらに、彼を地面に降ろして座らせ、彼を捕まえていた手も離した。捕まったまま狩られると思っていたリザードマンは顔を上げ、急に解放されてどうすればいいのか悩む表情をした。
「チカラじゃなくてさ、もうひとつ、方法があるんだけど、知ってる?」
「方法?」
「そ。『仲間』っていうの。1人でできないことでも、みんなで協力すればできる。そう思わない?」
リザードマンはしゅんとして、またうなだれた。
「オイラたちは、あんまり協力はしない。オイラたちは、生まれて、ニンゲンと戦って、負けて、消えて行くんだ」
そういえば、ウィンダウッドの砂漠にいるリザードマンは仲間意識が低い。マイは言われて納得したが、まさか今さら砂漠に戻るよう言うつもりは無かったのでかまわず続けた。
「そうじゃなくって、私達と協力しない?」
「…ニンゲンと?」
「そ。私達もモンスターを狩るけど、それは私達や人間が襲われないようによ。誰でも、誰とも戦わなくても良い世界にできるんだったら、それが一番いいと思ってる。あなただって、無理して人間を狩るより、そもそも人間と戦わなくて済むんだったら、それが一番いいと思わない?」
「…そうだけど…オイラ…モンスターだし…何もできないし…」
「めっ」
びしっ
「いてっ」
マイは不意にデコピンをした。
「1人で全部やろうと思っても、確かに、何もできないかも知れない。でも、同じように思う人が多かったら、きっと協力してやっていける。世界ってさ、そういうものだよ?現に今日だって、人間が協力して町を守ったでしょ。きっと、1人じゃ何もできなかった。あなたは、1人でそれをやろうとして、失敗した」
「……」
「何もできないなんて言っちゃ、ダメ。方法は一杯あるんだから」
「…オイラが、ニンゲンと戦わなくていい世界を、作るの?」
「オイラ、だけじゃなく、みんなで。ね?」
リザードマンは悩んでいた。生まれてからずっと、仲間の行動に反して逃げ、力だけに憧れてきた。その憧れを手にいれるチャンスを目前で失い、今まで考えたことも無い選択肢を提示され、迷っていた。
「…オイラに…、できるのかな…」
「オイラ、じゃなく、オイラたち、だよ」
「…オイラ…たち…」
「そ」
マイは「オイラたち」の言葉が聞けたことに満足し、喜んだ。見れば椿座の座員たちも微笑んでいた。それは、「モンスターを仲間にしようなんて、突拍子も無いことをする人だ。」という驚きの意味ではあったが、その決定に異論を唱えようとする者はいなかった。
「…そ…それじゃあ…オイラ…がんばる…」
「よおしっ!リザードマンくん、椿座へようこそっ!」
「ようこそ!」
「ようこそ〜!」
リザードマンは消え入りそうな声で返事をしたが、マイはかまわず両手でリザードマンの脇を持って図上高々と上げ、加入を喜んだ。座員全員もそれを拍手で迎える。リザードマンは、持ち上げられた状態でもう一度たずねた。
「…オ、オイラで、いいの…?」
「もちろんっ!」
「あわわわわわっ!」
ひゅ〜〜…ドーン!ドドーン!パーン!
マイは返事をしながら「高い高い」の要領でリザードマンを投げあげた。それと同時に、遠くから爆発音が響いた。続いて、青空に光る赤青カラフルな円形の光。振り向くと、原生林の木立の透き間から、村の方向で花火が盛大に上がっているのが見えた。
「おっ、なんだ?」
「ああ、モンスターを全部撃退したら打ち上げて祝おうって、雑貨屋さんが花火のサービスしてたみたい。あ、そうだ!」
見回りに出ていて知らないフォルに、買い出しのユイから花火を預かっていたマイが教えた。きっとあの花火の中に、ロッソたちが打ち上げた花火もあるはずだ。マイは、それを見て自分の鞄をまさぐった。
「ちょうどいいタイミングだから、あなたと初めての協力作業。はい、これ」
「…これは?」
「花火っていうの。右手で持って、振り上げるの。こういうふうに」
「ハハハ!そりゃいいや」
「気合いれて振るんだぞー!こっちにむけるなよー」
マイは預かっていた赤い3連発花火2本を取り出し、1本を彼に持たせ、もう1本を自分で持った。座員がヤジを飛ばしてくるが、みんな笑っている。彼はその様子に戸惑っていたが、マイの言葉を聞いて右手でしっかりそれを握った。
「準備はいい?」
「う、うん」
「それじゃ改めて、リザードマンくん、みんなでがんばっていこう!えいっ!」
「が、が、がんばる!やっ!」
「うわあっ!」
「こっ、こっち向けんなバカ!」
ひゅ〜〜…
ひゅ〜〜…
ドドーン!
パパーン!
村から離れた場所で打ち上げられた花火は、ほぼ同時に、きれいな赤い複数の大輪を咲かせた。ひとつは上空で、ひとつは木陰で。