うっそうとした森が広がる。しかし、不思議と不安感はない。
普通、"うっそうとした森"と言えば下草がぼうぼうに生え、木々は乱立し、こづえに張られた濃い緑の葉は日の光を遮って暗い森となる。
だがこの森は違う。下草はくるぶしか、ときどき膝の高さに伸びるほどで揃えられており、適度に開いた木々の間からは光がさんさんと降り注ぐ。誰かがそのようにした気配は、しかし、ない。まるで木々や植物たちが自らの意志でそうしたかのように、その森は不自然に自然な明るい森を作り出している。
その森を駆けていく、一人の少女が姿があった。
「おじいちゃーーん!」
右手をあげて嬉しそうに左右に振り、軽快なリズムで走るその姿はまさにあどけない少女のイメージにぴったりだ。
「ほう。」
背中のほうから飛んでくるその声に、そのお爺さんは少し驚いたようにしわだらけの顔をあげた。はたから見れば、お爺さんがひさしぶりに孫の声を聞いたような嬉しそうな反応。だがしかし、この反応はあくまでもパフォーマンス。なぜなら声をかけられた主は、それがいつもと"全く変わらない"光景であることを知っているからだ。
「せえいっ!」
主の予想通り、少女は走りながら地面を蹴って飛び上がり、
「てやああああああ!」
なんと主に向かって回しとび蹴りの大技を見せた!
「ふぉっふぉっふぉ。」
パシッ
しかし主は最初からわかっている。左背中へ飛んでくるその蹴りに対し、主は右回りして右の"枝"を張り出して受け止めた。
「こんのぉ〜!せいっ!」
大技をいとも簡単に止められた少女は地面に着地し、そのまま主の"幹"に対して素早くパンチとキックの連打を浴びせにかかった。
「ふぉっふぉっふぉ。相変わらず元気じゃのう。」
パシッ パシッ パシッ パシッ パシッ パシッ
だが、少女がどんなに精一杯の攻撃を繰り出しても、主は落ち着いた様子で両手の枝を張り出し、そのすべてを受け止めてしまう。
(くっ…、こうなったら…)
「ていっ!」
少女はヒットしないパンチとキックの連打をあきらめ、腰を落としてジャンプ!
「ふぉっふぉっふぉ。」
だがこれすらも主は見抜いている。飛び上がる少女の頭上に、落ち着いて別の枝を上から下へと叩きつける。
「わああああぁっ!?」
バシーン ドサッ
「痛っ!」
跳躍中で逃げるわけにも行かず、少女は頭上からの攻撃をまとも受け、さらにしりもちをついて地面に落ちた。
「いったたたたた…」
「なんじゃ。珍しくおまえさんのほうから声をかけてきたかと思えば。」
「だぁって、不意打ちしたってぜんぜん見抜かれてて意味ないんだもん。」
少女ラーナは尻をさすりながら、お爺さんの問いに答える。髪は鮮やかな黄色。ピンク地に白で模様をつけた服。彼女の顔についている尖って長いその耳は、エルフ族の最大の特徴でもある。
「ふぉっふぉっふぉ。邪な心はどこに居ても見えるんじゃよ。」
少女を打ちすえたお爺さんは、すべてお見通しと言わんばかりの老獪な受け答えで少女を戒める。深く刻まれたしわ、茶色のガサガサとした肌、頭上に広がる深緑の葉。その昔、アインハザードが森の若木に地の精神を混ぜて作ったと言われるエルフの森の守護族、エントだ。
「しかし、おまえさんはもうちょっとエルフらしくせんのか?いきなりわしに飛び掛ってくるなんて、おまえさんくらいのもんじゃて。」
「だってー、歴史の授業なんてちんぷんかんぷんだし、ターニャ様の魔法の授業なんて聞いてると眠くなるし…、エヴァ様がとっても偉い人なのはわかるけど、神官様みたいに声を聞いたこともないし…」
ラーナはエントの話を聞いてすねた。ラーナは同世代のエルフの間では有名な体力派。運動能力では一二を争う女の子だ。反面、歴史や魔法の授業では常に目をつけられる存在。ラーナが走ってきた方角を考えると、おそらく今日も授業を抜け出して来たのだろう。エントがその方向を見ると、森の木陰に一本の剣、メイルブレイカーが立てかけてあるのが見えた。
「ほう。あれはどうしたんじゃ?」
「あれ?ニム姉から貰ったの。そろそろ必要かも知れないからって。何に必要なのかちっともわかんないけど…」
おそらくエントにとび蹴りを食らわすのに邪魔で、剣を隠しておいたのだろう。森の守護者に剣を向けるのにも問題がある。もっとも、とび蹴りを食らわすのも充分に問題ではあるのだが、今までのところラーナの攻撃がエントに当たったことは一度もない。
「ふぉっふぉっふぉ。そうかそうか、ニムニアがのぅ…。」
「あーあ、あたしの攻撃はいつになったらおじいちゃんに当たるのかなあ。」
ラーナは今日も攻撃が当たらなかったことを不服そうに、伸びをして地面に寝転がる。エントはメイルブレイカーの話を聞き、ラーナに昔話を聞かせることにした。
「昔にもな、おまえさんみたいなエルフらしくないエルフがおったよ。」
「? あたしみたいな?」
「そうじゃ。おまえさんと同じような破天荒なエルフじゃ。あのときも、わしによく飛び掛ってきたもんじゃった…」
… … … … …