とあるエルフの旅立ち

§第4節

 … … … … …

「………ここは………」

目の前には黒い木の束が見える。なんだか体が重い。ただ、寝かされている体はふわふわとなんだかとても気持ちがいい。

「気が付きましたか?」

「えっ?痛っ!いたたたた…」

エルフは急に近くから声をかけられ、起き上がろうとした。しかし体の節々に痛みが走り、思わず両手で両腕を押さえた。

「まだ起き上がるには早いでしょう。ヒールの魔法で全部治してあげても良かったんですが、それくらいのほうが君には戒めになるでしょうから。」

「あなたは…。」

「オスと言います。ここは火田村の私の家です。存分に休んでいきなさい。」

顔を横に向けると、そこには男のエルフが見えた。そういえば、いくつかの人間の村にもエルフが住んでいると聞いたことがある。自分は森の中で倒れたはずだ。自分は結局、森から助け出されて村のベッドに寝かされているということか。

「…ありがとうございます…。あの…、ジャック君は…?」

「心配しなくても大丈夫です。君のおかげで見つけることができましたから。」

「えっ!?いったたたた…。」

エルフは自分がジャックを探せなかった、エルフの汚名を雪げなかったと思っていたので、その答えに驚いた。

「ほら、寝ていてください。ジャック君は君が倒した堕落したエルフに捕われていました。君が戦ってくれたおかげで、私もそれを聞きつけて探すことができたんです。」

「そっか…。よかった…。」

「もうちょっと私が遅れて到着したら、君は大変なことになっていたかも知れません。しかし今回はお手柄でしたね。私も今回の件で森を探していたのですが、見つけることはできませんでした。君に感謝しなければなりません。」

「ありがとうございます。」

「案ずる必要はありません。私はこのあたりに住むオーク族の研究をするためにここにいますが、君のように森を抜け出した未熟者を連れ戻す役目もあるんです。」

エルフの肩がビクッと動いた。そうだ。自分はまだ森を出てはいけない身。まさかこんなにすぐに同じ種族に見つかるとは…。

「ふふ…たまにいますよ。そうやって森を出て…まさかこんなところに監視者がいるとは思わないでしょうから。」

「…ごめんなさい…。」

「さあ。外で村のみんなが待っていますよ。落ち着いたら、自分の怪我は自分の魔法で治して御覧なさい。」

「でも…あたしの魔法は…。」

「大丈夫。今回戦闘中にヒールや補助魔法をかけたのは私ですが、少しは神を信じる気になったでしょう?今の君なら、きっと魔法を使えるはずですよ。」

「あ…。」

そうか。森の中で覚えた不思議な感覚は、オスさんの魔法だったのか。エルフはようやく、あの場で堕落したエルフを倒すことができた理由を理解した。

「そ、それじゃあ…。ヒール!」

エルフはベッドから半分起き上がり、自分に向かって回復魔法を詠唱した。するとたちまちまばゆい光が集まりだし、体から痛みがひいていく。光が消えたとき、自分の体はまるで嘘のように軽くなっていた。

「すごい…。」

「さあ、怪我が治ったところで、村のみんながお待ちですよ。あなたの無事を祈って、ね。仕度が済んだら、村の広場まで来てください。」

オスはエルフの無事を見届け、部屋から出て行った。エルフはしばらくぼうぜんとした後、傍らにおいてあった自分の剣を腰につけ、髪と服を整えて、部屋から出た。

 … … … … …

「お姉ちゃん、もう行っちゃうの?」

「ごめんね。あたしは戻んないといけないから。」

走り寄ってきたトミーに、エルフはやや中腰になってそう言い、頭をなでた。

「どうもありがとうございました…。その…、なんとお詫びを申していいのか…。」

「いいえ。私達こそ本当に申し訳ありませんでした。今回の件はエルフ族の不始末ですから…。」

トミーとジャックの母親に、エルフはぺこりと頭を下げた。種族間のトラブルは重大な問題だと森の授業で教わっている。

「もしよかったら、また村に来てください。今度は歓迎しますから。」

「ありがとうございます。それじゃあ、あたしは戻ります。」

「絶対また来てね!お姉ちゃ…えっと…。」

トミーが口ごもった。その顔の様子からみて、すぐに名前を呼ぼうとしているのがわかった。

「あたしの名前?ニムニアっていうの。よろしくね。」

「うん!また来てね!ニムニアお姉ちゃん!」

「うん。それじゃあね。」

「バイバーイ!」

ニムニアは、初めての人間の村を、今度は笑顔であとにすることにした。

 … … … … …

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