とあるエルフの旅立ち

§第5節

 … … … … …

「おじいちゃーーん!」

「………」

森の中を一人の少女が駆けていく。しかし、エントは反応がない。

「おじいちゃん!」

「……ふぉっ!?」

「っちぇええええい!」

ベキッ

「やった!」

少女はエントに回しとび蹴りをかけ、攻撃が当たったことをガッツポーズで喜んだ。

「ふぉっふぉっふぉ。考え事をしておったとは言え、ついにやられてしまったな。ラーナ。」

「うーん、初めて当たったよー。やったー!」

ラーナは自分の攻撃が初めてエントに当たったことを、喜びを抑えるかのように自分の体を抱きしめたり、万歳をしたり、体全体で嬉しそうに表現した。

「おじいちゃん!」

「うん?」

「あたし、次からはちゃんとターニャ様の魔法の授業を頑張る!それで早く一人前のエルフになる!」

「ふぉっふぉっふぉ。そうかそうか。」

エントはラーナがこれからの頑張りを宣言してくれたことを素直に喜び、顔を緩めた。

「しかしじゃ。戦いというものは油断や隙があってはならん。おまえさんは足元がお留守のようじゃな。」

「へっ?わあああああ!」

ラーナは不意に、ものすごいスピードで腕と足を掴まれて持ち上げられてしまう。絡み付いているのは枝だ。

「なに!?なになになに!」

「おまえさんの仕掛けた戦いじゃしな。エルフ族なのに守護者に足を、もとい手を上げるような子には…」

「あわわわわわわ…!」

ラーナはもがくが、開放される気配はない。それに、エントは声も顔もいつもどおりの微笑みなのに、その裏にはいつもと違う雰囲気が隠れているのにすぐに気づいた。

「 お し お き じゃ !! 」

「ぎゃあああああああああああああ!?」

手と足を掴まれたラーナは空中でまるで竹のようにしなり、エントの地味ながらハイパワーな空中ブリッジが決まった。

「ラーナっ!!あんたはまた授業を抜け出して…って、あら?」

森の向こうから、ラーナを追いかけてまたニムニアがやってきた。しかし地面に横たわるラーナの姿を見て、ニムニアはにやりとした。

「あーあ、あんた"も"、ついにやられちゃったわねえ。」

「ふぉっふぉっふぉ。さすがはニムニアの直伝じゃ。ニムニアよりも早くわしに攻撃を当ておったわい。」

「い…いた…、こ、腰……」

ラーナは横たわったまま痛そうにして動けない。かろうじて片手を腰の後ろにあてて痛みを抑えようとしている。

「直伝なんかじゃありませんよ。ま、さすがは血の争えない姉妹と言ったところだけど…。」

「そうじゃ。ラーナはさっき、今度からは授業をまじめに受けると言っておったぞ。」

「ラーナが?まさかエント様、この子になにか吹き込みました?」

「さぁて、何のことじゃか。ふぉっふぉっふぉ。」

エントははぐらかしたが、その反応にニムニアは大きな心当たりがあったので、確認はせずにラーナのほうを見た。

「ほら、ラーナ!ターニャ様の魔法の授業に出るんでしょ!早く戻らないと終わっちゃうわよ!」

「痛っ!いたたたたた!こっ、腰、いたいいたい…」

ニムニアは動けないラーナを無理やり右肩に担ぎ、そばにあった剣の鞘の紐を右手に握った。

「ニムニア。動けるようになったら、ラーナにこれをあげなさい。」

エントはそう言うと、ニムニアの左手にエントの実をひとつ落として渡した。

「ありがとうございます。ほら!ラーナ、行くよ!」

「あうっ、痛っ、痛っ、もうちょっと静かに歩…いたたた………」

「ふぉっふぉっふぉ…。この様子じゃと、ラーナが一人前になるのももうすぐじゃて…。」

エントはラーナの旅立ちを楽しみにして、去っていく二人を微笑ましく見送った。

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