… … … … …
「おじいちゃーーん!」
「………」
森の中を一人の少女が駆けていく。しかし、エントは反応がない。
「おじいちゃん!」
「……ふぉっ!?」
「っちぇええええい!」
ベキッ
「やった!」
少女はエントに回しとび蹴りをかけ、攻撃が当たったことをガッツポーズで喜んだ。
「ふぉっふぉっふぉ。考え事をしておったとは言え、ついにやられてしまったな。ラーナ。」
「うーん、初めて当たったよー。やったー!」
ラーナは自分の攻撃が初めてエントに当たったことを、喜びを抑えるかのように自分の体を抱きしめたり、万歳をしたり、体全体で嬉しそうに表現した。
「おじいちゃん!」
「うん?」
「あたし、次からはちゃんとターニャ様の魔法の授業を頑張る!それで早く一人前のエルフになる!」
「ふぉっふぉっふぉ。そうかそうか。」
エントはラーナがこれからの頑張りを宣言してくれたことを素直に喜び、顔を緩めた。
「しかしじゃ。戦いというものは油断や隙があってはならん。おまえさんは足元がお留守のようじゃな。」
「へっ?わあああああ!」
ラーナは不意に、ものすごいスピードで腕と足を掴まれて持ち上げられてしまう。絡み付いているのは枝だ。
「なに!?なになになに!」
「おまえさんの仕掛けた戦いじゃしな。エルフ族なのに守護者に足を、もとい手を上げるような子には…」
「あわわわわわわ…!」
ラーナはもがくが、開放される気配はない。それに、エントは声も顔もいつもどおりの微笑みなのに、その裏にはいつもと違う雰囲気が隠れているのにすぐに気づいた。
「 お し お き じゃ !! 」
「ぎゃあああああああああああああ!?」
手と足を掴まれたラーナは空中でまるで竹のようにしなり、エントの地味ながらハイパワーな空中ブリッジが決まった。
「ラーナっ!!あんたはまた授業を抜け出して…って、あら?」
森の向こうから、ラーナを追いかけてまたニムニアがやってきた。しかし地面に横たわるラーナの姿を見て、ニムニアはにやりとした。
「あーあ、あんた"も"、ついにやられちゃったわねえ。」
「ふぉっふぉっふぉ。さすがはニムニアの直伝じゃ。ニムニアよりも早くわしに攻撃を当ておったわい。」
「い…いた…、こ、腰……」
ラーナは横たわったまま痛そうにして動けない。かろうじて片手を腰の後ろにあてて痛みを抑えようとしている。
「直伝なんかじゃありませんよ。ま、さすがは血の争えない姉妹と言ったところだけど…。」
「そうじゃ。ラーナはさっき、今度からは授業をまじめに受けると言っておったぞ。」
「ラーナが?まさかエント様、この子になにか吹き込みました?」
「さぁて、何のことじゃか。ふぉっふぉっふぉ。」
エントははぐらかしたが、その反応にニムニアは大きな心当たりがあったので、確認はせずにラーナのほうを見た。
「ほら、ラーナ!ターニャ様の魔法の授業に出るんでしょ!早く戻らないと終わっちゃうわよ!」
「痛っ!いたたたたた!こっ、腰、いたいいたい…」
ニムニアは動けないラーナを無理やり右肩に担ぎ、そばにあった剣の鞘の紐を右手に握った。
「ニムニア。動けるようになったら、ラーナにこれをあげなさい。」
エントはそう言うと、ニムニアの左手にエントの実をひとつ落として渡した。
「ありがとうございます。ほら!ラーナ、行くよ!」
「あうっ、痛っ、痛っ、もうちょっと静かに歩…いたたた………」
「ふぉっふぉっふぉ…。この様子じゃと、ラーナが一人前になるのももうすぐじゃて…。」
エントはラーナの旅立ちを楽しみにして、去っていく二人を微笑ましく見送った。