「せえいっ!!」
「ぐもぉぉぉぉぉぉぉぉ…!」
どすーん。
右上から左下へ、斜めに振り下ろされるファルシオンの一閃に、白い巨体が断末魔をあげて倒れる。
「ほらフォル!さっさと準備しておいで!」
「すまねえ!持ちこたえろよ!」
「言われるまでも…」
言いながらチリムは腰を落として重心を下げ、両足を前後に開いて対衝突ショック姿勢をとる。ファルシオンを両手で水平に構え、もう一体の迫りくる白いお腹を睨みつける。
「ないッ!」
ずむんっ
ザザザザザザ
「ぐもぉっ!ぐもぉぉぉぉぉお!」
バシュウッ!
眼前まで迫ったその体に、見事な突きを繰り出す。柔らかいものに剣が突き刺さる鈍い音に続き、衝突の衝撃でチリムの体が押されるが、対ショック姿勢のおかげで吹き飛ばされはせず、姿勢を維持したまま地面の上を滑っていく。衝突の衝撃力が仇となってバグベアーの大きなお腹を剣が突き抜け、立ったまま苦しみ、さらに爆発するように黒い霧となり、空気中に散っていった。
フォルを追いかけていた2匹は処理した。しかし、村は既にモンスターの巣窟だった。次から次へと侵入してくるその量、村の中だけでも数十匹。事態に気づいた他の冒険者も集まりだして、至る所で戦闘が始まっていた。よく見ると、バグベアーの他にオークやスライム、スケルトン、ゾンビといったモンスターも乱入している。
「ガアァ!」
ぶんっ
すっ
緑色の体躯の人型モンスター”オーク”が、不器用に斧を振りおろす。しかしドゥールはひるむことなく、宙返りのジャンプをしてオークの頭上を通り越す。そして。
メキッ
「グガァ!」
「せいっ!」
ぐむっ
「グゥゥゥゥァァァァ!」
後ろにもう一匹いたオークの顔面に両足で着地したかと思うと、そのまま全力で蹴って首をあらぬ方向へへし折り、そのまま跳躍して飛び越したオークの首にデュアルブレードの片方を貫通させる。文字通り息の根を止めてやったといわんばかりだ。
「てぇい!」
ボッ!
ドゥールの隣で、チルムがロングボウで放った3発目のシルバーアローが、ゾンビの腐った頭を吹き飛ばした。あまり見栄えのする光景ではないがそこは冒険者、もう見慣れた光景だ。次から次へと矢をつがえ、手際よく退治していく。しかし。
「数がっ…!数が多すぎるっ!」
敏捷な馬団の唯一の回復手(ヒーラー)、ワセンが叫ぶ。あっちこっちで乱戦状態なので、ヒールをかけるにも個別対応が大変なのだ。全員まとめて回復する魔法もあるが、これは個別の状況に気を使わないぶん消耗も激しい。彼の精神力(MP)にも限度がある。終わりが見えない今回のような戦いでは、そう繰り返し使いたくはないのだ。
「てえええい!」
「でやああああ!」
宿屋の2階の窓から、ようやく準備を整えたフォルとロッソがモンスターたちのど真ん中に飛び降りるのが見えた。すぐにモンスターも応戦し、戦線が拡大する。回復手たるワセンの悩みは尽きることがない。
「ひゃ〜〜〜〜〜!」
「ギイィィ!ギィィィイィ!」
チルムが走って逃げている。弓使いは接近戦に持ち込まれると極端に不利だ。倒しても倒してもキリがないところに、足の速いジャイアントスパイダーが急速接近して慌てて逃げたのだろう。だが、彼女とて戦士の端くれ。逃げる先には読みがあった。全速で逃げているのに、モンスターの数はどんどん増えていく。いや、軽く攻撃を仕掛け、わざと増やしていく。
「ユイー!お願いー!」
「へぃらっしゃぁい!ファイヤァァァァァァァ…!!」
逃げる先にはユイの姿。右手でクリスタルスタッフを短く持ち、左手でスタッフ先端の丸いクリスタルにマナ(魔力)を送り込む。遠目でも分かるほど明らかにタメをいれすぎて白く光っているそのスタッフを、今度はモンスターの群れに投げ込むように振った。
「ボールぅ!!」
その瞬間!クリスタルからマナが溢れるように流れだし、それは赤い炎となってモンスターの群衆のど真ん中に落ち、爆発し、業火に包んだ。
「ぐもぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ギィィイイィ!」
「ガァッ!ガァァァァッ!」
「わあ!Σ(>A<;)!」
バグベアーとオークとジャイアントスパイダーが火だるまになって倒れる。ユイの魔法はタメすぎのために破壊力も効果範囲もすさまじいから、ついでにチルムも爆発で前のめりに吹き飛ばされたのはご愛嬌だ。
「ごめんね〜チルム〜♪」
「ひどーい!ヽ(`ロ´)ノ!」
がばっと跳ね起きて弓をかまえ直す。とりあえず抗議はしたが、それは声だけで、顔はまた村を見回す。今度は宿屋の方から、フォルとロッソがモンスターに追われて逃げてくるのが見えた。敵陣ど真ん中に飛び込んでボコられて逃げてきた、という風貌だ。
「だからー!なんであんな密集地帯で槍なんかブンまわすんだよ!」
「槍なんだから範囲攻撃なのはしょうがないだろ!」
「だったら倒せよ!団長だろうが!」
「範囲攻撃っつーのは攻撃効果は低いんだよ!」
必死に走りながら押し問答しているフォルとロッソ。ロッソはフォチャード(槍)を愛用しているが、彼の言う通りそれは範囲攻撃が得意で、そのぶん攻撃効果が分散しやすい。モンスターは自分を切りつけた存在により多くの憎しみを抱くから、考えなしに密集地帯に飛び降りて槍を振り回せば、敵を引き付けてしまうことは目に見えていた。
「なにやってんの二人とも!せぇい!」
ざんっ
またしても怒号を飛ばしながらモンスターを斬るチリム。低い姿勢で右から左に横一閃されたファルシオンは迫りくるバグベアーの左足を叩き折り、軸足を失った巨体はバランスを崩し、突進してきた勢いを慣性で維持したままごろごろと斜め後ろに転がっていく。
「よっ、と。」
転がる巨体をチリムがよける。
ドカーン!
「うぉーーっ!?」
「またかーーーっ!」
「「ガァァァァ!?」」
「「「ガアァァァァッ!!」」」
「「「パッカーン!ガラガラガラ」」」
そのまま転がっていった巨体は、こちらに走ってきたオーク5匹に衝突し、青空の向こうへ勢いよく弾き飛ばした。フォルとロッソも巻き添えになって、ふたり仲良く宿屋の2階へ突入していった。転がる巨体の下敷きになって粉砕されたスケルトン3体の骨がぶつかり合い、ボーリングのピンを倒したようなちょうどいい効果音を出した。
「…ストライーク♪」
チリムはご満悦だ。
「さあっ!あたしの顔に泥を塗ったのはどこの誰!?出てきなさいっ!」
村の宿屋裏では、マイがエルヴンスピアーをかっこよく振り回していた。ロッソのフォチャードよりも攻撃力が低いが、細身で軽く、対アンデッド効果もある機能性の高い槍だ。彼女はなぜか怒っている。彼女の明るい空色の服にはべったりと赤い血糊が染みており、青地に赤色のコントラストはかなり無残だったが、彼女自身が血を流している様子はない。チリムたちはまだ知らない。どさくさまぎれに顔だけは洗ったが、5分前までトマトまみれの姿だったとは口が裂けても乙女の秘密。だから怒っているのだ。
「でやーーっ!」
ぶんっ!
「ガァッ!」
「ガッ!!」
「ガァァァァァ!」
マイが怒りのままに槍をブン投げる。近くにいたオーク3匹が串刺しにされ、一瞬後に黒い霧となって蒸発する。他のモンスターも同じように、倒された端から黒い霧とり、村から姿を消していく。
そのうち、この村で育つ見習いナイトたちのうち実戦に出せる十数名も動員されてきて、質より量でなだれこんできたモンスターより、防衛軍の方が質も量も勝ってきた。次第にモンスターが倒されて村の中心地が空洞化し、4箇所ある村の出入り口、モンスターの流入口に戦士達が集まってきた。村の外のモンスターもしだいに減ってくる。
「当たれぇぇぇ!」
バシュウ
ずむっずむずむっ
モンスターに多数の矢が刺さる鈍い音が聞こえる。村の柵沿いに多数終結した弓使いの前に、数の少ないモンスターは村に接近することなく打ちのめされていく。柵の切れ目の入り口にはナイトたち、その後ろにはウィザードという攻城戦でおなじみの戦闘配置が自然と形成された。
しかし唯一、村の東の出口だけは次から次へとモンスターが突入してくる。その先は深い森だ。何物かが姿をかくしてこのモンスターたちを操っている。誰もがそう思ったが、さすがに今それを調べるのには無理がある。
「くそっ!いつまで出てくるんだこいつら!」
「知らないよ!終わるまででしょ!!」
最前線に陣取ったフォルとチリムが、ばっさばっさとモンスターを切り捨てながら言い合う。そろそろいい加減にしてほしいと思ったころ、宿屋2階から声がした。
「みんなー!下がれーー!!」
モンスターの流入が止まらない村の東出口と宿屋は、目と鼻の先だ。防衛軍の戦士達は、突然わめきだした男の声に、頭上を眺めるように、いぶかしげにそちらを見た。それは大きな防水袋を小わきに抱えた、ロッソの姿だった。
「本当はチルムがいないときに使いたかったが仕方ない!巻き添えを食うなよー!でえええぃ!」
「え?」
そういうとロッソは防水袋の中身をモンスターに向かってぶちまけた。中身はわからなかったが、反射的に防衛軍は村の内側へ後退する。チルムは何を言われたのか検討がつかない。
「ぐもっ!?」
「ガッ!!!」
「ギイッ!!!」
バグベアーやオークたちは、袋の中身を頭からかぶってしまった。なにか、赤黒いどろどろしたものだ。
「はっはー!どうだ!スパゲッティ・ミートソースだ!旨いだろう!」
「ぐもぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「ガギャー!!!」
「えええ!?Σ(´□`)!」
即効性とでも言わんわかりに、一斉に苦しみだすモンスターたち。喉のあたりをひっかくように、両手を必死に動かしながらバタバタと倒れていく。
「ええええええ!?Σ(´□`)!!」
そして、倒れたモンスターは例外なく黒い霧となって蒸発していく。
「えええええええええ!?Σ(´□`)!!!」
運よくスパゲッティをかぶらなかったモンスターもこの光景に驚き、慌てふためいているところを防衛軍に倒された。
そうして、シルバーナイトの村を襲ったモンスターの大集団は壊滅した。村を守ったのだ!
「やったーーー!」
ユイがクリスタルスタッフを頭上に掲げて喜ぶ。
「イエーイ♪」
「お見事ー♪」
パチーン
暴れに暴れて機嫌を直したマイとロッソが手を打ち合わせ、喜ぶ。
「チリムーーーーッ」
「甘いっ!!」
ガッ
「てめぇ…よくも俺をボーリングのピンにしやがって…!」
「あーらいたのー?ごめんあそばせー♪オホホホホ!」
チリムとフォルが互いの得物と視線を本気でぶつけ、火花を散らしている。村のほかの冒険者や住民も、この快挙に歓喜し、付近は一気にお祭りモードになった。
「食べる前から腹ごなしとは…まったく、モンスターとは全く迷惑極まりない!」
「朝飯前だったな…(ぼそり)」
「えぇ!?」
ワセンもほっと一息だ。普段物静かな性格のドゥールが放つ変な一言に、思わず驚かずにはいられない。「まじめスイッチ」が切れた彼はまったく謎が多い。
「さーて!朝飯が途中だったな!腹ごしらえだ!」
「「「おおーーっ!」」」
喜び勇んで宿屋に戻る。
[ 臨時休業 ]
「うそだーーーっ!」
「俺のっ!俺の朝飯がーーー!」
入り口の前でがっくりと膝を折って絶叫する。彼らは忘れていた。宿屋はめちゃめちゃに破壊されていたことを。